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試合に負けて勝負に勝つ

 婚約披露宴に参加していたという、貴族の夫婦が駆けつけた。


「すまない、肌がかぶれてしまって、医者に貰った薬がぜんぜん効かないんだ!」

「なんでもいいから、すぐに回復させる魔法薬をくださいな!」


 全身、肌が赤く腫れ、場所によっては痛みや痒みがあると訴えてくる。

 虫刺されでも、感染症でも、植物にかぶれているわけでもないという診断を受けたらしい。原因不明のため、肌を保湿する薬しか処方されなかったようだ。

 それを聞いた瞬間、〝かかった〟と思う。


「医者の薬はそのまま使って大丈夫よ。きっとそれで完治するから」

「何を言っているんだ!」

「ぜんぜん効果がなかったと言っているでしょう!?」


 よほど困っているのだろう。顔を真っ赤にさせながら訴えてきた。


「ただ、薬の治療の他にやらなければならないことがあるの」

「なんだそれは!?」

「早く教えてちょうだい!!」


 私はにっこりと微笑みかけながら、夫婦に助言してあげる。


「シルク泡石鹸を使うのを止めて、薬草石鹸を使うだけよ」

「な、なんだそれは!」

「どうしてそうなるのよ」


 説明してあげてもいいが、薬品の知識がない彼らに理解してもらうのは難しいだろう。


「とにかく騙されたと思って最低でも三日間、試してくれる?」


 もしも効果がなかったら、痛み止めの魔法薬を無償提供することを約束した。

 それからというもの、似たような症状を訴える客が押しかけてきた。

 私は同じように、シルク泡石鹸の使用を止めて薬草石鹸を使うように助言する。

 皆、納得していないようだったが、効果がなかったら高価な魔法薬を無償提供する約束を取り付けたので引き下がってくれるのだ。


 今日も今日とて薬局に婚約披露宴に参加した人々が大挙して押しかける。

 一人一人説明していたら、薬局に用事がある人々の接客ができないので、とにかく薬草石鹸を使え、と書いた紙を配ることにした。

 店先に椅子を置き、メルヴ・メイプルが配ってくれる。


『ドウゾナノ』

「あ、ああ」

『オ大事ニナノ』


 数日後――最初にやってきた夫婦が来店してくる。


「あんたの言うとおり薬草石鹸を使い始めたら、本当に治ったんだ」

「本当に驚いたわ」


 赤みは少々残っているものの、完治しつつあるという。


「それを聞いて安心したわ」

「でも、どうして……?」

「シルク泡石鹸が原因だったって言うの?」

「ええ、そう」


 泡立ちがいい石鹸が、肌にいい石鹸とは限らないのだ。そう伝えると、夫婦は驚いた表情を浮かべる。


「モコモコの泡って肌に触れたときに気持ちがいいし、きれいに洗浄されている気分になるのよね。でも、だからといって肌にいいとは限らないのよ」


 私もシルク泡石鹸を使い始めてから、明らかに肌が荒れ始めたのだ。

 気のせいかもと思ってシルク泡石鹸を使い続けたのだが、日に日に赤く腫れ始めたのである。


「シルク泡石鹸には、泡立ちがよくなる薬品〝ラウリン・アシッド〟と呼ばれるものが入っているの」


 ラウリン・アシッドは泡立ちがよくなるだけでなく、強い洗浄力も持っている。

 さらに優れた抗菌、抗炎症作用もあり、一見して肌にいいように聞こえるのだ。

 けれども肌に必要な皮脂分までも洗い流してしまうため肌への負担が強くなり、最終的に悪影響を及ぼしてしまう。


「ならば、聖女が作ったシルク泡石鹸は、毒入り石鹸というわけなのか!?」

「なんて酷いことを!」

「違うわ。そうじゃないの」


 たしかに石鹸に入っているラウリン・アシッドは肌によくない成分であることが多々あるが、一般的に吹き出物などの治療薬として使われており、たしかな効果を発揮しているのだ。

 これだけ丁寧に説明しても、よく理解してもらえなかった。

 やはり、効果を実感してもらうことでしかわかってもらえないのだろう。


「とにかく、薬草石鹸を使い続けていたら肌の調子はよくなるから――新しい石鹸はいかが?」

「あ、ああ、そうだな」

「薬草石鹸を使い始めてから、肌の調子がよくなったどころか、すべすべになっている気がするのよね。売り切れないうちに買っておきましょう」


 そんなわけで、三つの薬草石鹸が売れてしまう。

 その後も先ほどの夫婦と同じように、症状がよくなったので薬草石鹸を新しく購入したい、と訴える人々が列を成していた。

 今度は店先に薬草石鹸を販売する特設ブースを作り、メルヴ・メイプルに売り子をしてもらう。


『薬草石鹸、肌ニ、イイノ』

「五つくれ!」

「私は七つ!」

『アリガトウナノ』


 薬草石鹸は飛ぶように売れる。

 そんな様子を見たイエさんが、感心したように言った。


「この事態を想定して、婚約披露宴で薬草石鹸を配布していたのですね」

「ええそうよ。それにシルク泡石鹸の肌への悪影響がわかっているのに、野放しになんてできなかったから」


 彼らはきっとこの先も薬草石鹸を求める常連さんとなるだろう。

 すべては万事解決したわけだ。

 左団扇で悠々とした様子を見せていた私を、遠くからライマーと聖女スイが恨めしそうに見ているのに気付く。

 ごめんなさいね、お客さんを奪ってしまって。

 そんな思いを込めて微笑みかけてあげた。


 後日、聖務省がシルク泡石鹸の回収を行うことを決定した。

 さらに、販売権も聖女スイから剥奪したらしい。

 再度、聖務省から薬草石鹸を納品してくれないかと頼まれたものの、私はきっぱり断った。


「常連さんが毎日求めてくるようになって、在庫が足りないくらいなの。ごめんなさいね」


 これからはあれもこれもと頑張らずに、常連さんを大事にすることを第一に暮らしていきたい。

 それが私にとっての幸せなのだと思うようになったのだ。


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