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変わらない関係

「それにしても、店主さんはどうしてこうなるとわかっていたのに、婚約披露宴に参加したのですか?」

「それについては、別に石鹸の販売権を聖女様にあげてもいいと思っていたからよ」

「どうしてですか?」

「もう別に、そこまでお金稼ぎをしなくてもいいから」


 これまではライマーが聖騎士を続けるために頑張って働いてきた。

 けれども今は必死になって働く必要はない。


「というのは建て前で、目論みは別にあるの」

「目論み、ですか?」

「ええ。私、聖女様からシルク泡石鹸を貰っていて、実際に使ったのよね」


 すると、シルク泡石鹸の〝弱点〟がわかってしまったのだ。


「弱点とはなんなのですか?」

「秘密。というか、数日後に明らかになると思うわ」


 その後、イエさんは私を薬局まで送り届けてくれた。

 お茶の一杯でもどうかと誘ったのだが、夜に婚約者でもない男と二人きりになるのはよくないことだろう、と言って遠慮されてしまう。

 ライマーが言ったことを気にしているのだろう。


「気にしなくてもいいのに」

「しかし、私のせいで店主さんに変な噂が立ったら困りますので」

「イエさん……ありがとう」


 しつこく引き留めるのもなんなので、イエさんとはここでお別れする。

 最後に、感謝の気持ちを伝えた。


「イエさん、今日はいろいろありがとう」


 誰も投票しなかった薬草石鹸を支持し、私をあの場から救い出してくれた。

 まるで物語に登場するヒーローのようだった、と伝えておく。


「あなたは十一年前にも、そのようなことをおっしゃってくれましたね」

「そうだったかしら?」

「ワイバーンの血にまみれて、人々が畏怖いふの目を向ける中で、あなただけは笑顔で感謝の気持ちを伝えてくれた」

「領民のために戦ってくれたのだから、当然のことをしたまでだと思うけれど」

「意外とできないものなんですよ」


 なんでもイエさんの戦い方は聖騎士というよりも黒騎士といったほうが相応しいくらい獰猛果敢どうもうかかんで、返り血を浴びることもいとわないので、助けた人々から怖がられることが多々あったらしい。


「普通に接してもらえたことが、どれだけ嬉しかったか……」


 イエさんはきっとこれまで、生まれ育った家のこと、生まれ持った容貌のこと、聖騎士としての在り方、思うようにならない人生について、たくさんの悩みがあったのだろう。

 それに加えて高貴な身分に生まれた者達には恵まれた環境で生きる代わりに、重たい責務がつきまとう。期待という名の重圧に耐えながら生きてきたに違いない。


「それだけでなく十一年の時を経て、あなたは何も変わらず、どんな人にも平等な女性ひととして生きていたことを、奇跡のように思いました」

「私、平等だった?」

「ええ」


 たぐまれなる容姿を隠すために髪をぼさぼさにし、曇った眼鏡をかけ、無精髭を生やし、着古した姿でいたイエさんに対し、周囲の人達はコロリと態度を変えたという。


「皆、汚物を見るような眼差しを向けて……。まあ、見知らぬ人々に好意を抱かれるよりはマシだったのですが」


 そこまでするなんて、生活に支障がでるレベルだったのだろう。

 美貌というのは時に不幸を招くものなんだな、と思ってしまう。


「そんな状況の中で、店主さんは身汚い私を助けてくれました」

「それは――私の縄張り内で倒れている人を見たら、知らない振りなんてできないでしょうが」


 イエさんは縄張りという表現が面白かったようで、くすくす笑い始める。

 彼の屈託のないような笑みを見るのは初めてかもしれない。

 いや、今までも笑っていたのかもしれないが、曇った眼鏡をかけていたので気付いていなかったのだろう。


「店主さん、これからも以前と変わらない付き合いをしてくれますか?」

「ええ、もちろんよ!」


 イエさんはどんな姿をしていてもイエさんに変わりない。その辺については安心してほしい。


「よかった」


 夜でも自発光しているような美しいかんばせについては、正直眩しくって目がチカチカしてしまうが、まあ、そのうち慣れるだろう。

 私は笑顔でイエさんと別れたのだった。


 ◇◇◇


 それから数日後――聖務省の石鹸の販売権は聖女スイに移った。

 私は毎月追われるように薬草石鹸の素材集めをしていたのだが、それらから解放される。

 正直、ホッとした部分もあった。

 聖女スイとの騒動について、新聞にも報じられそうになったようだが、イエさんが世に出る前に潰してくれていたらしい。


「まさかここまでしていたなんて、心底呆れました」


 きっとアリッサの画策だったのだろう。イエさんが気付いて手を回してくれたので、今日も平和に薬局は営業できている。

 あの日以降、イエさんはキラキラ輝く美貌をこれでもかと振りまいていた。

 そんなイエさんが薬局に足しげく通ってくるので、それを見た若い女性客が蜜に吸い寄せられる蜜蜂のようにやってくるようになったのだ。

 ドライアドは大喜びで声をかけるも、たいてい怖がられて逃げられるというのがオチであった。


 と、そんな平和な日々を過ごす中で、ついに〝時〟はやってくる。

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