まさかの申し出
今日もランチ営業をやってみようと思い、朝から仕込みを行う。
オレンジ皮のシロップ漬けを使って豚肉煮込みを作り、カリフラワーと白身魚のグラタンをあとはチーズを載せて焼くだけにしておく。ホウレンソウの蒸し炒めも付けよう。
前回よりも多めにできたので限定五名となった。
本日も魔女の気まぐれランチについての情報を書いて薬局の扉に貼っておく。
今日は向かいの宿屋のご主人が注文していた薬草石鹸を買いにやってくる日である。
月に二十個ほど注文してくれるのだ。
いつも開店直後にやってくるので、ご主人がやってくる前にカウンターに用意しておこう。そう思って食品庫に置いていた薬草石鹸を持ってきておく。
開店時間と同時に、宿屋のご主人がやってきた。
「いやはやどうもどうも」
「いらっしゃい」
「今日は寒いねえ」
「ええ、特別冷える気がするわ」
いつものなんてことない会話を交わす。
「そういえば腰の具合はよくなった?」
「ああ、そうそう。ここの魔法薬のおかげで全快だ!」
「でも、無理したらまた痛めるかもしれないから、気をつけておいたほうがいいかも」
「そうだな~」
一通り会話したところで、本題へと移る。
「注文していた薬草石鹸、用意できているわ」
「あ、ああ……それなんだが」
宿屋のご主人は後頭部をガシガシ掻きながら、気まぐれな様子で目を逸らす。
「どうかしたの?」
「いや、昨晩、どえらい別嬪さんが宿にやってきて」
『別嬪さんじゃと!?』
これまで爆睡していたドライアドが、別嬪と聞いて一瞬にして覚醒したようだった。
『どんな別嬪さんだったんじゃ?』
「見たことないような薄紅色の髪に、宝石みたいな緑の目をした娘さんで」
「……」
その特徴を持つ別嬪さんを一人だけ知っているが、向かいの宿に用事があるようなお方ではないだろう。
ありえない、ありえないと思いつつ話に耳を傾ける。
「名は〝スイ〟と名乗っていて」
「はいアウト~~~~~~!!!!」
私が突然大きな声を出したので宿屋のご主人はギョッとする。
「ど、どうしたんだ?」
「いいえ、なんでも」
持病の癪が起きただけだと言っておく。
「で、その別嬪なスイさんがどうしたの?」
「そ、それが~~、その~~」
ハッキリしないわね!! と怒鳴りたくなったものの、お相手は向かいの宿のご主人。
急かさずに話してくれるのを待った。
「すまん! 実はその別嬪さんから、宿で使う石鹸二十個を買ってしまったんだ!!!!」
「は!?」
思いがけない告白に一瞬だけ白目を剥いてしまった。すぐに我にかえって詳しい話をするように訴える。
「いや、なんだ、別嬪さんが作った石鹸のよさを知ってもらいたいって言っていて、ゆくゆくは聖務省に納品するのが夢らしく、その、涙を流しながら使ってほしいって言うものだから」
絶対に嘘の涙だろう。
まさかうちの薬草石鹸を納品する前日にやってきて、わざわざ自分の石鹸を売りつけるなんて。悪質としか言いようがない。
「通常は金貨一枚以上する高級石鹸みたいなんだが、今は薬草石鹸よりも安く購入できて」
「それで?」
「す、すまないんだが、注文していた薬草石鹸はキャンセルさせてほしい!!」
ブチッ、と切れるような幻聴が聞こえたものの、ここは我慢である。
ただ圧を加えた笑みとちょっとした小言だけは我慢できなかった。
「ご主人、もしも自分が経営する宿で同じようなことをされたらどれだけ困るか、わかっているわよね?」
「ああ、ああ、本当にすまない!! 来月分に取っておいてくれないか?」
「薬草石鹸はなるべく新鮮なものを使ってほしいから、取り置きはしていないの。その申し出はお断りするわ」
「だ、だよなあ」
来月分も注文するのであれば絶対に購入し、反故にするようであれば二度と取り引きしない、というきつめの契約書に署名してもらった。
誰にでも失敗はあるだろうが、私はライマーのことで学んだのだ。
信じがたい裏切りをする人は、二回も三回も繰り返すことを。
ご主人は反省した素振りを見せているものの、きっと来月になって再度聖女スイが宿屋を訪問したら、彼女の石鹸を買ってしまうだろう。
もしかしたら私達は来月も、同じようなやりとりを繰り返すかもしれない。
そんな未来が見えたので、契約書とは別の対策を打たせていただく。
「一応、おかみさんにも報告しておくから。どうせ一人で判断した買い物なんでしょう?」
ギクリ、と聞こえてきそうなくらい、ご主人はわかりやすい反応を取った。
「いや、母ちゃんには言わないでくれ」
「言うわ」
「頼む! 今度何かしたら、出て行くって言われているんだ!」
「あら、好都合よ。おかみさん、気さくで人が好いからうちの薬局で、住み込みで働いてもらおうかしら?」
「引き抜きはしないでくれ!!」
ご主人が涙目で「悪かった!!」と謝罪するので、今回は許してあげることにした。
「ただし、二回目はないからね」
「は、はい」
反省した素振りを見せるご主人は、とぼとぼしながら帰って行った。
ふーーーー、とため息が零れる。
まさか聖女スイが常連さんを横取りするような行為に出ていたなんて。
どうかこの先もトラブルなど起きませんように。そう思っていたが、恐れていたことが多発したのだった。




