ランチを一緒に
「実は最後の一セットなのよ」
「そうだったのですね。まさか今日から始まっているとは思わず。間に合ってよかったです」
魔女の気まぐれランチのアイデアはイエさんが提供してくれたものなので、いつか食べてほしいと思っていたのだ。まさか初日から叶うとは考えてもいなかったのである。
「店主さんは昼食を食べたのですか?」
「いいえ、私はまだだけれど」
「でしたら二人で半分こして、一緒に食べません?」
「大丈夫! かき集めたら二人分ありそうだから。ちょっと待っていてね」
話し相手になってもらおうと、ドライアドをカウンターに戻した。
『ん、きれいなお姉さんがきたのかの?』
「いいえ、イエさんよ」
『男には用事はないのじゃ』
「そんなこと言わないの!」
イエさんが「樹木妖精のお爺さん、ご機嫌はいかがですか?」と話しかけると、ドライアドはまんざらでもない様子で『悪くないのじゃ』と答えていた。
美女大好きで男嫌いなドライアドでもイエさんの柔らかな物腰を前にすると、嫌な気持ちにはならないのだろう。
二人の会話を聞いてみたい気がするものの、そんなことをしている場合ではない。ランチの用意を急がなければ。
イエさんには特別にデザートを用意しよう。とは言っても、たいそうな物は用意できないが。
食料庫に行くと、メルヴ・メイプルが天井から蔓を伸ばしてぶら下がり、眠っているのを発見した。
すぴー、すぴーと心地よさそうな寝息を立てている。
近づくとパチっと目を覚ました。
「ごめんなさい、起こしてしまったわね」
『大丈夫ナノ。起キル所ダッタノ』
「だったらよかったわ」
必要な物を言うと、場所を把握しているらしいメルヴ・メイプルが蔓を伸ばして取ってくれた。
「ありがとう」
『他、手伝イ、アルノ?』
「いいえ、大丈夫よ」
『ワカッタノ』
そう答えると、メルヴ・メイプルは再びお昼寝をするようだ。
「調理台に蜂蜜水を作っておくから、いつでも飲んでね」
『アリガトウナノ』
「いえいえ」
メルヴ・メイプルの蜂蜜水を仕込んだあと、モモのシロップ煮に砕いて軽く炒ったクルミとヘーゼルナッツを載せ、ちぎったフレッシュミントを添えるだけの一品を作った。
イエさんはたくさん食べてくれる人なので、パンも多めにカットしておいた。
「お待たせ!」
お店に戻ると、ドライアドが笑い声をあげていたので驚く。
「え……ドライアドが笑っている様子を初めて見たんだけれど」
『この男、愉快な奴なのじゃ』
「そ、そうなの?」
いったい何を話していたのか、気になるような聞くのが怖いような。
男同士の会話である。深く追求しないほうがよさそうだ。
ドライアドには水を与えて休んでおくように伝える。するとものの数秒で眠ってしまったようだ。
太陽がさんさんと差し込むこの時間は、植物系の生き物は心地よくて眠くなってしまうのかもしれない。
「イエさん、いただきましょう」
「そうですね」
イエさんは食前の祈りをしたあと、「おいしそうです」と言って食べ始める。
スープを一口食べた瞬間、口元を覆ったのでギョッとする。
「あの、おいしくなかったかしら?」
「いいえ、おいしすぎて感激しまして」
「だったらいいけれど」
大げさな反応ではないかと思ったものの、同時に嬉しくもある。
「こんなに喜んでくれるんだったら、もっと早くイエさんに料理を振る舞っておけばよかったわ。ライマーは用意しても何も言わないから、作りがいがなかったのよね」
「そんな! このようにおいしい料理を何も言わないで食べていたなんて」
イエさんの一言であっさり気持ちが晴れる。なんとも不思議だと思った。
彼は何度もおいしい、おいしいと繰り返しながら食べ、あっという間に完食してくれた。
「ランチ営業はいつもやるわけではないけれど、また来てくれると嬉しいわ」
「ぜひぜひ、伺いたいです」
ただ聖務省からここまで通うのは大変だろう。
「予約制でお弁当とかも販売しようかしら?」
「いいですね。でも、店主さんの顔を見ながら食べたほうが、きっとおいしいんでしょうねえ」
冗談か本気かわからないことを言ってくれる。真偽はさておき、嬉しくもあった。
「今日は宿屋のおかみさんと聖女様にランチを振る舞ったの。みんな、おいしいって言ってくれたわ」
魔法薬以外で誰かを元気にできることがわかったのだ。それは私の中で大きな自信になるだろう。
「イエさん、ありがとう」
「私は何もしていないのですが」
「いいえ、新しい道を示してくれたわ」
これからは魔女としてだけでなく、ランチ営業も頑張りたい。
今日は大きな一歩を踏み出せたことだろう。イエさんに対して盛大に感謝したのだった。




