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「出世したら結婚しよう」と言っていた婚約者を10年間支えた魔女だけど、「出世したから別れてくれ」と婚約破棄された。私、来年30歳なんですけど!!  作者: 江本マシメサ
第二章 魔女の気まぐれランチ、はじめました!

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宿屋のおかみさん

 中央街に人通りが多くなるお昼前に薬草魔女の薬局はオープンする。

 昨日、臨時休業をしていたからか、すぐにお客さんがやってきた。


「いらっしゃいませー」

「ああ、よかった、今日は開いていたわ」


 やってきたのは向かいの宿屋のおかみさんである。何やら昨日薬局に訪れたようだが、閉まっていたので欲しい薬が買えなかったという。


「おかみさん、急用だったら言ってくれたらよかったのに」

「いいのよ。夫が使う薬だから!」

「ご主人、また腰を悪くしたの?」

「そうなのよ~」


 宿屋のご主人は慢性的な腰痛を抱えていて、医者にも罹っているようだが、なんだかんだでここの薬がよく効くと言ってくれるのだ。

 完治させるためには上位の魔法薬が必要だが、魔法医の処方箋を得た上での個人依頼となる。宿屋のご主人は「そこまでする必要はない!」と言って痛みに効果のある魔法薬を買いにおかみさんを寄越すのだ。


「自分の薬くらい、自分で買いに行けって話なんだけれど!」

「動けないレベルの痛さなのよね?」

「そうなの。てんで役に立たなくって」


 いつもの魔法薬を包んでいたら、おかみさんから質問を受ける。


「ああ、そういえば扉にランチ営業を始めたって書いてあったけれど」

「ええ、心機一転、始めようと思って」

「心機一転?」


 何かあったのか、という訝しげな視線を向けられる。その眼差しを目にした瞬間、しまったと思った。

 適当に「そうなの」とでも言っておけばよかったのに。


「何かあったの?」

「ええ……」


 おかみさんはずっと、結婚しない私を心配してくれたのだ。いい人を紹介してあげる、と言われたのは星の数ほどである。

 このままライマーと結婚しないとなれば、不審がられるだろう。

 おかみさんにも説明しておこうと思って、打ち明けたのだった。


「実はライマーに婚約破棄されて、結婚の予定が白紙になってしまったの」

「まあ!!!! あのどら息子はなんて酷いことを!!!!」


 理由を言っていないのに、百パーセントライマーが悪いと決めつけてくれたようだ。

 実はおかみさんだけは、「ライマーだけは止めておきなさい」とずっと言い続けていたのだ。

 なんでもライマーは宿に併設されている酒場の常連で、酷い酔い方を繰り返していたらしい。


「でも、どうしてそんなことになったの? 十年も婚約を結んで、内縁の妻のように暮らしていたんでしょう?」 

「彼、聖女様と結婚したいみたいで」

「聖女様と!? あのドラ息子が!? 不釣り合いにも程があるわ!!」


 その言葉には思わず同意してしまう。

 本当になぜ、聖女スイはライマーを選んだのか。


「記憶喪失か何かにならない限り、あんな男との結婚を決心しないと思うのだけれど」

「私もそう思うわ」


 記憶喪失と聞いて、そうかもしれないと思った。

 だって聖女は私と顔見知りだったのに、初めて会うような態度でいたから。

 それに性格だって以前とまったく異なる。

 聖女スイは控えめな性格で、顔も常にベールで隠すような控えめな女性だったのだ。

 いったい何があったのか、というのは私が首を突っ込んでいい問題ではないのだろう。


 洗いざらい話したあとで、私はおかみさんにこれからの決意について素直に伝えた。


「私、これから自由に生きようと思って」

「自由って?」

「誰にも囚われない人生を送ろうと思うの」

「結婚せずに、一人で生きていくってこと?」

「ええ、そう」


 非難されるかもしれない、と構えていたがおかみさんはにっこりと微笑みを浮かべた。


「そんな人生も、いいかもしれないわね」


 これまでさんざんライマー以外の男性との結婚を勧めてきたおかみさんだったので、反対するものだと思っていた。


「何よ、驚いた顔をして」

「いえ、今までたくさん結婚話を提案してくれたから、そんな人生なんて間違っている、とか言うと思ったの」

「そんなこと言わないわ。自由に生きる意味を聞いて、羨ましいと思ったくらいよ」


 おかみさんも、これまでの私と同じように誰かに囚われる人生を送っていると気付いたらしい。


「朝から旦那の面倒を見て、お客さんのために働いて、家のこともして、一息吐く間もなく酒場の営業を始めて――自分の時間なんてあったものではないわ。それに比べて、自由に生きるなんて、なんて素晴らしい人生なのかしら」


 叶うならばおかみさんもあとに続きたい、なんてことを言ってくれた。


「思えば、自由な時間を自分から諦めていたのよ。作ろうと思えば作れたかもしれないのに」

「たとえば今とか」

「今? 今は夫の薬を買いに来たのだけれど」

「ええ、そうだけれど、ついでに魔女の気まぐれランチはいかが?」


 そんな提案をすると、おかみさんはいたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべ「いいわね」と言ってくれた。


「ちょうどお腹が空いていたのよ。魔女の気まぐれランチ、いただけるかしら?」

「ええ、もちろん!」


 おかみさんに開店前に作った料理を提供する。


「まあ、おいしそうだわ」

「ありがとう。パンはおかわりもあるから、たくさん召し上がれ」

「ええ、いただくわ」


 おいしそうに食べてくれるおかみさんを見ていたら、心が満たされる。

 あっという間に平らげてくれた。


「おいしかったわ。ありがとう! 誰かが作った料理を食べるなんて久しぶりよ。なんだか幸せな気持ちになったわ」


 おかみさんの言葉を聞いて胸が熱くなる。私の料理が他人を幸せにできるなんて、今まで気付いていなかったのだ。


 食後にニンニク臭を消す消臭薬入りの薬草茶を振る舞う。

 おかみさんはゆっくり飲み干し、ご主人の魔法薬を受け取って元気よく帰ったのだった。

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