ライマーの訴え
嫌な予感しかしなかったので、メルヴ・メイプルには裏口から中へ入っておくように言っておいた。
ライマーはずんずん私に接近し、想定外のことを訴えてきたのだ。
「なんだ、さっきの子どもは?」
「子ども?」
「ケープを着た子どもの手を引いていただろうが」
メルヴ・メイプルのことなのか。隠したつもりだったが、ばっちり見ていたらしい。
「まさか、お前の隠し子なのか?」
「私がいつ妊娠していたっていうのよ」
「魔女だから、隠して出産とかも可能なんじゃないのか?」
「馬鹿を言わないでちょうだい。あの子は先代から預かっている子なの」
「本当か?」
「嘘を言うわけないでしょう」
疑い深い視線を向けてくる。
は~~~~と深く長いため息を吐いてしまった。
「それよりもお前、どういうつもりなんだよ!!」
「何が?」
自分でもびっくりするくらい冷たい声が出て驚く。
昨日まではあんなにもライマーに対して愛おしく思っていたのに不思議なものだった。
「何ってわかっているんだろう!?」
「わからないわよ。いったい何事?」
「お前、ふざけるんじゃないぞ!!」
道行く人達が言い合いをする私達をじろじろ見ている。
このままでは迷惑になると思って薬局内に入るよう促した。
ライマーが店内にやってくるのは初めてだった。何度か誘ったものの、面倒臭がってやってこなかったのである。
「よくここがわかったわね」
「人に聞いたんだ。驚いた。こんなに立派な店だったんだな」
なんでも今にも崩壊しそうなボロっちい店舗で営業しているものだと思い込んでいたのだとか。
ライマーはキョロキョロと店内を見回し、珍しく感心しているようだった。
「それで用件ってなんなの?」
そう問いかけるとライマーはハッとなり、眉をキリリとつり上げて糾弾するように言ってくる。
「しらばっくれるんじゃない! お前、家賃が金貨五枚ってどういうことだよ!!」
「何が?」
「今日、大家が請求にきたんだよ! しれっとした表情で金貨を五枚も請求しやがったんだ!!」
いったい何を言っているのか、と思ったが、そういえば昨日、ライマーは家賃を支払っていたと主張していた気がする。
もしかしなくても、毎月私へ渡していた銀貨二枚を家賃だと思い込んでいたのだろう。
「ねえライマー、冷静になって聞いてほしいんだけれど、あなたが毎月払っていた銀貨二枚は地域の管理費なの」
「は?」
「家賃は金貨五枚なのよ」
婚約した当初、平騎士だったライマーの給料は銀貨五枚ほど。
その後、聖騎士試験に合格したライマーの給料は金貨二枚となった。
十年前に比べたら給料も高くなったが、途中で引っ越した中央街にある棟続きの長屋の家賃は支払えない。
「嘘だ……家賃が金貨五枚で、管理費が銀貨二枚だったなんて!」
「部屋探しをする中で、大家さんがそう言っていたでしょう?」
「言ってない!」
「あなたが聞いていなかっただけよ」
親切な大家さんは年若い私達を見て、家賃と管理費の支払いが難しいと思ったのだろう。何度もこれだけ費用がかかると親切に説明してくれたのだ。
「あの辺りの借家は中央街と言っても、年齢層が高くて裕福な中流階級が住むところなのよ」
周囲の住人は五十代から六十代くらいの親世代だった。私達みたいな爵位を持たない若者が住めるような地域ではなかったのである。
「そ、そんなのデタラメに決まっている! だって、下町に住んでいた頃の家は家賃は銀貨一枚だっただろう!?」
「あれは私の父の知人が管理している集合住宅だから、特別安く借りることができただけ。聖都の中心街ともなれば、家賃はぐーんと跳ね上がるのよ」
この世間知らずの坊ちゃんが!! と罵りたかったが、相手と同じレベルで罵倒したら私の魂が穢れてしまう。喉元までせり上がっていた言葉だったものの、ごくんと呑み込んだ。
「嘘か本当か、お隣のご夫妻に聞いてきなさいよ」
「お前が嘘を教えるように仕込んでいるかもしれないだろうが!」
「昨晩、あなたと別れてまっすぐここにやってきたというのに、どうやってそんな手の込んだことができるのよ」
「できるだろうが! 昼間は暇してゴロゴロしていたんだから!」
「は~~~~~~~」
彼は私が朝から晩までせっせと働いていたことすら、よく把握していなかったらしい。
どうしてこれまで、彼の愚かな性格に気づけなかったのか。
むしろ昨日、婚約破棄してくれてありがとうございました! と感謝したいくらいだ。
「二階にあるあなたのチェストの奥に、大家さんとの契約書が入っているはずだから、そこに当時のあなたが署名しているわ。家賃についてもしっかり書かれてあるから、確認してきなさい」
「そんな適当なことを言って、俺を追い返すつもりか!?」
「本当よ」
「嘘に決まっている!!」
そうライマーが口にした瞬間、薬局がガタン!! と大きな音を立てて揺れた。
「うわっ!!」
それだけでなく、店の奥から『オオオオオオオオ!!!!』と悍ましい声が響く。
「わあああああああ!!!!」
驚いたライマーは回れ右をし、そのまま扉を勢いよく開くと逃げていった。
いったい何事かと思ったら、背後より声がかかる。
『大丈夫かの?』
「ドライアド、あなたが助けてくれたの?」
『そうじゃ』
なんでも喚き散らすライマーに我慢できなかったため、脅したようだ。
薬局全体が揺れたようだが、商品は一つも落ちていない。
『商品が落下しないよう、気をつけて揺らしたんじゃよ』
「さすが、樹木妖精ね」
たまには気の利くようなことをしてくれるものだ。
お礼として、ブラウンシュガーをお湯で溶かした水を飲ませてあげた。
『モウ、帰ッタノ?』
メルヴ・メイプルがひょっこり顔を覗かせる。この子にも怖い思いをさせてしまった。
「あの男がごめんなさいね」
『大丈夫ナノ』
まさかメルヴ・メイプルをライマーが私の隠し子だと勘違いするとは夢にも思っていなかった。
仮に妊娠していたら悪阻や体調不良などで働くどころではなかったのだが。
きっと彼は私が稼ぐお金にしか興味がなく、私自身についてはまったく見ていなかったのだろう。
「メルヴ・メイプル、あの男は怖い人だから、もしもお店にやってきたらどこかに隠れるのよ」
『ワカッタノ』
ドライアドにはライマーの薬局からの追放をお願いしておく。
『わかったのじゃ!』
私自身も何か対策を打ちたい。
虫避けみたいに、ライマー避けの結界でも作ろうかな、と思ったのだった。




