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想定外のおかえりなさい

 ――レイ、明日になったら報告したいことがあるんだ。昨晩、婚約者のライマーが私にそう言った。

 聖騎士である彼は、もうすぐ出世できそうだと話していたのだ。

 彼との出会いは十七歳の春、社交界デビューの年だった。

 いろいろあって私が十九歳となった秋に婚約を決めてくれたのだが、すぐに結婚には至らなかった。

 なぜならば、ライマーは貴族の家に生まれたものの子爵家の次男で、継ぐべき爵位や財産などない。

 結婚は出世をしてからだ、という宣言を受けていたのだ。

 聖騎士というのは装備やら付き合いやらで大変お金がかかる。そのため、結婚資金を貯めることが困難であるらしい。

 私は男爵家の生まれの四女である。ライマーが問題なく聖騎士として身を立てることができる規模の、持参金の用意は難しいと父親から言われてしまった。

 お金がないのであれば私が稼げばいい。

 そう思い立った私は魔女に弟子入りし、薬や雑貨作りを習っては販売し、ライマーを支えていたのだ。

 あれから十年――私は二十九歳となった。

 同世代の娘達はすでに結婚し、子どもも数人いる。

 貴族の娘としての理想的な人生プランからは少し遅れてしまったが、ついに幸せな花嫁となれるのだ。

 今日は早めに薬局を閉めて、昨日仕込んでいたシチューの仕上げをしよう。

 十年前、婚約が成立したときに購入した高級ワインを開けて飲んでも罰は当たらないだろう。

 わくわくしながらライマーと長年住んでいた棟続きの長屋テラスハウスに帰ると、ちょうど彼の姿を発見する。

 癖のある黒髪に、狐みたいにつり上がったブラウンの瞳、手足はすらりと長く、騎士の白甲冑が誰よりも似合う男性ひと、私の婚約者であるライマーで間違いない。

 十年も経てば燃えるような愛情は家族愛に変わっていたが、それでも愛おしいことには間違いない。私は笑みを浮かべ彼に声をかける。


「ライマー、お帰りなさい!」

「ああ、レイか。ちょうどよかった」


 帰宅時間もぴったりだなんて、まるで運命である。

 駆け寄って抱きつこうとした瞬間、ライマーの背後に小さな女性がいることに気付いた。 波打った美しいローズピンクの髪に、曇りなど一切ないエメラルドのような瞳の持ち主。肌は真珠のような輝きを放っていた。お肌の曲がり角を迎えている私とは大違いである。

 ただそこにいるだけなのに、自然発光しているように思えるこの美少女の正体を私は知っていた。


「あの、もしかして聖女様ですか?」


 私の問いかけに美少女はこくりと頷く。


「あなたがレイですのね。初めまして、わたくしはスイ。スイ・フォン・エルネスティンですわ」

「はあ……」


 この国の救世主ともいえる聖女スイがなぜ、ライマーと行動を共にしているのか、理解が追いつかない。

 というか、どうしてこんな場所にいるのか。

 この辺りは聖都内でも比較的治安がいい中央街だが、犯罪が皆無とは言えない。

 夕方から夜にかけては街灯が少ないので怪しい雰囲気にもなる。

 もっとも気になるのは、国の貴賓とも言えるような彼女が護衛を連れていないことだ。


「あのー、聖女様、護衛の姿が見えないようなのですが」

「はい、彼、ライマー様が専属騎士で、護衛なんです!」

「え?」


 いったいどういうことなのか、と思ってライマーの顔を見ると、聖女スイを見つめ鼻の下を極限まで伸ばしていた。


「ライマー、あなた――」

「ああ、そうだ。俺は聖女スイの専属護衛騎士として大出世したんだ」


 聖騎士が聖女を守護する護衛に選ばれるというのはこの上ない名誉。大大大大出世と言っても過言ではない。

 ただ、ライマーはこれまで平聖騎士で、活躍など一つもなく、魔物の討伐などもゼロだったはず。そんな彼がなぜ、専属護衛騎士として選ばれたのか。

 ライマーの出世は嬉しいが、いきなり聖女スイの専属護衛騎士というのは不審でしかなかった。


「あなた、どうして聖女様の専属護衛騎士になれたの?」

「それは〝愛〟だ」

「は?」


 その言葉を聞いた聖女スイは、うっとりした表情でライマーを見上げる。


「俺は愛の力で、聖女スイの専属護衛騎士に選ばれたんだ!」

「嘘でしょう?」

「本当だ!」


 実力無視で大事な聖女スイの専属護衛騎士を選ぶなんてありえない。

 そう思ったが、聖女スイの表情を見ると冗談には思えない。

 ライマーは聖女スイの手を握り、聖女スイは頬を赤く染めながらライマーを見上げる。


「俺は聖女スイのおかげで出世できたんだ! お前が十年もだらだらかけてできなかったことを、彼女はすぐに叶えてくれたんだよ」

「そ、そんな言い方をしなくてもいいじゃない」


 私がこれまでどれだけ苦労してライマーを支えてきたのか。

 十年間をなかったものにするかのような発言にカチンときてしまう。

 ライマーは私の戸惑いなんて一切気にせず、ありえない宣言をしてくれた。


「レイ、報告がある。俺は聖女スイと結婚することになった。だから、別れてくれ!」

「はああああああああああ!?」


 思わず絶叫してしまう。


「お前、仕事が辛いとか、腰が痛いとか言っていただろう? 俺を支えたいあまり、苦労をさせてしまった。その役目からも解放してやる」

「なっ、ちょっ」

「この家も俺が引き取ってやろう。スイとの愛の巣になるんだ」

「いや、聖女様をこんな狭い家に住ませるなんて」

「秘密基地みたいで素敵ですわ!」

「ひ、秘密基地って――」


 そんなことはどうでもよくて、一点、気になることがあるので聞いてみた。


「ねえあなた、ここの家賃、払えるの?」

「何を馬鹿なことを言っているんだ。これまでも支払っていただろうが」

「払っていたって、もしかして私に渡してきた銀貨二枚のこと?」

「そうだが」


 ライマーが家賃だと思って払っていたのはここの地域の管理費である。

 聖都の中央街の家賃を舐めないでほしい。下町でも、二階建ての家なんか銀貨二枚では借りられないだろう。


「あのね、ライマー。家賃は私が支払っていて――」

「今更つべこべ言うな! それはそうと、お前の荷物は店の裏口のほうに運んでおいたぞ。よかったな、引っ越しの手間が省けて」

「待ってライマー」

「なんだ?」


 聖女スイと結婚するだなんて、いきなりすぎる。もっと順を追って説明してほしい。

 そう訴えても聞く耳なんて持たない。


「私、出世の報告を聞けると思って、あなたが大好物なシチューを仕込んでいたのよ」

「あー、そういや台所になんかあったな。でも、これからは毎日レストランで食事をすることになっているから。シチューも引き取ってくれ」


 ライマーは聖女スイを連れて家の中へと入り、シチューの鍋を持って出てきた。


「ほれ」

「ライマー、ねえ」

「レイ、じゃあな!」


 そう言ってライマーはバタン、と扉を閉めてガチャンと施錠する。

 家の中には暖かな灯りが点され、幸せそうな笑い声が聞こえてきた。

 シチューの鍋を押しつけられた私は、思いの丈を叫んでしまう。


「ちょっと、いきなり婚約破棄とかどういうことなのよ!? っていうか私、来年三十歳なんですけど~~~~~~!!!!!」


 三十歳を独身で迎えるなんて未来を誰が予想できていただろうか?

 人生でもっとも最悪な状況というものを味わってしまった。

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