第七話 ウィリアムの話
★ウィリアム
私は、眼の前にいる少年を見る。
平然とした顔でそこに立っているが、隠しきれていない暗い感情が見て取れる。
恐らく、彼を奴隷にした者たちへ向けられている感情だろう。
出会ってまだ一日も経っていないが、ある程度は我々や公爵閣下への憎悪が減っているようだ。元々、悪い子供ではないのだろう。
だが、彼は王族と会う前に知っておかなければならない。
彼を含めた5人がこの国へ招待された、その理由を。
「君は、なぜ君たちがローズ共和国から連れてこられたのか知っているかい?」
「犯罪奴隷の代わりだと街の人が話していました。」
私が聞くと彼は平然とした顔で言う。
おそらく、嫌味ですらないのだろう、彼にとっては事実を述べたに過ぎないのだ。
思考や倫理観などは年相応なのにも関わらず、心だけが育っていない。
まるで、そもそも記憶が存在しないかのような……
私は思考をそこで打ち切って、話を続ける。
「それはただの噂だね、実際には、君たちの役目は王族の代わりだ。」
「代わり?」
彼は驚いている。
まあ当然だろう、私もこの計画を初めて聞いたときには驚いたものだ。
「ああ、代わりだ。ところで君は、人格の強さが血筋に由来しないというのは知っているかな?」
「いいえ。」
「そうか、人格というのは、魔力の魂だ。その力は個人に宿る。だが、このことは長年この王国で知られていなかったんだ。」
「そうなんですか。」
興味がなさそうだ。早く本題に入れと思っているのをひしひしと感じる。
だが、私が個人的に彼と話せる時間というのはそう多くない。
いずれは公爵閣下が話すだろうが、あらかじめ知っていて悪い話ではないはずだ。
「というのも、長年この王国では強力な神格を持った王侯貴族がこの地を支配してきたからだ。」
「今はそうではないと?」
「ああ、実は、その理由は、神格を代々継承してきたからなんだ。」
「それ、言っちゃっていいんですか?」
「かまわないよ。今代の王の即位に伴う内乱でその神格は失われてしまったからね。」
「……」
彼は何も言わずに黙った。
おそらく、王のことをバカだと思っているのだろう、私も内乱の裏側を知らなければ同じように思っていたはずなので、それについては彼を責められない。
変わりに、続きを話すことにする。
「当初、王族は人と人で人格を継承する技術を使ってその問題を解決しようとした。だが、それは不可能だった。」
「技術が残っていなかったんですか?」
「いや、人格の方に条件があったからだ。人格は、ユニークな個体でなければならなかった。」
「ユニークということは、人格にはまだ違いがあるのですか?」
「そうだ、人格には、同じ型が複数あるノーマルと、単一のユニークがある。君はすでに知っているだろうが、ユニークにはある程度の自我が存在する。ユニークでなければ、技術が使えなかったんだ。」
「それだけなら、この国で探せば……」
「残念ながら、それは不可能だった。そもそも、君はノーマルがなぜ出来るか知っているかね? 君の祖国のローズ共和国で人格が一般的ではない理由は?」
「……」
「ノーマルは、ユニークを分割して生み出される。本来、人格というのは、常人が活性化出来るものではない。それにはある種の才能が必要だ。」
「……」
「私の人格もユニークではない。そもそも、一般的な人格の活性化というのは、ノーマルを与えられた人間が、それを扱える様になることを意味する。」
「……」
「そして、この国の人間には、国力の底上げのために例外なくノーマルが与えられている。」
「なるほど、つまり僕に求められている役割は……」
「君の人格を、王族に継承する。他の者も同じだ。王子王女たちが自ら選んで君たちはここに招待されている。」
「継承はどのようにしておこなうのですか?」
「お互いの同意さえあればいい。だからこそ、君たちに奴隷として生活してもらうつもりはない。」
ウィリアムは、眼の前の少年の将来を案じて、そう言った。
だが、カイトは全く違うことを考えていた。
★カイト
なるほどーーそれならば、最悪の場合、同意さえしなければ、復讐は達成されるな。
カイトは、内心話を聞いてとても困っていた。
しかし、僕がこの国の王族に復讐する理由がどんどんなくなっていくな。
奴隷の認識も根本的に違うようだ。
快斗は話を聞いて、復讐心がなくなったのかーー
ーーーーーーー否ーーーーーーー
それならば、うちの国の中央政府は、どうして許可をだしたんだ?
彼らの認識は、僕とおなじだったはずーーー
ただ、矛先が別に向いただけであった。
彼は知らない。この先、王国である悪人は、ほとんどが他国のものであることを。
彼は知らない。この国で唯一カイトが復讐心を向けるべき人物がーーー
ーーーカイトを求めた第四王子であることを。
(カイトが復讐にとりつかれなくてよかったです。他者を傷つけてはいけませんからね。)
何かを知っているのであろう唯一の味方は、何も語らない。