第三話 もう一つの人格
僕が講堂に入ると、もうほとんどの席は埋まっていた。
どうやら、ローズ共和国から連れてこられた僕たち以外の借金奴隷も同じように説明会を受けるようだ。
空いた席に適当に座ると、両隣の席の子どもがいきなり話しかけてきた。
「お前、名前なんて言うんだ?あっ俺の名前はアランって言うんだ。これから三週間一緒に学ぶんだし仲良くしようぜ。」
「私の名前はジュリエット、気軽にジュリって呼んでほしいな。ところで随分遅れてきたけどどうしたの?」
ふたりともいっぺんに喋っている。左右にいるので片方の耳で聞いてギリギリ内容が分かるが聞き取りづらいのは間違いない、
「あー、悪いんだけど、話すのはどちらか片方にしてもらえないかな。」
そう抗議すると、今度は僕を間に挟んで口喧嘩を初めた。
「ちょっとアラン、あなた男でしょ。女の私に譲りなさいよ。」
「こういうときだけ女を主張しやがって、お前こそ譲れよ。お前が猫かぶっているのを見ると恐ろしくなってくる。」
「なんですって!」
「事実だろう。あーあ、すぐ怒る人は嫌だねぇ。しかもお前人の事情に初対面で首突っ込んじゃねえよ。失礼だろ。」
こういう時はどうすればいいのだろう、見たところこの二人は知り合いだと思う、それならばなぜ真ん中が空いていたのか気になるが……
(争いであれば止めませんか?)
「えっ」
急に話しかけられて驚いた。
今の声は、どうやら復活したらしい。そういえば、この声との対話は可能なのだろうか。
やってみることにしよう。
小声で言う。
「あなたは誰ですか?」
(私はゼントというものです。そうですね、あなたの神格という扱いになっているようです。)
すると、答えが帰ってきた。神格?また知らないことが出てきた。
(私に伝えようと思って強く念じていただければ、私には伝わります。)
なるほど、(神格というのはどいうこと?)
(そんなことよりも、目の前の争いを止めませんか?)
僕の疑問をそんなことより、と言われてしまった。だが、口喧嘩を見ていられないのは確かだ。
ただ……
(口喧嘩の止め方なんて僕は知らないんだけど)
(ご安心ください! 私は人助けの全てを心得ております! 私が教えましょう!)
食い気味に言われてしまった。
まあ、そういうことならーー
(口だけなら動かすことができんですよね。あなたに任せた方が良いと思うのですが。)
(……。)
どうしたんだろう、多分間違ってなかったと思うんだけど。僕は二重人格の話を聞いてから考えていた事がある。それは、もう一つの人格が誰なのかということだ。
それは僕の知る限りでは一人しかいない。この不思議な声の主だ。
(やっぱりあなたが2つ目の人格ですか。)
(少し違いますが、あなたが意識を失った後で話したかといえば、そうです。)
さらに質問を重ねると肯定の返事が帰ってきた。
正直ガバガバな推理だったから合っていて良かった。
(ただ、今あなたの口を動かすことが出来るかと言われると難しいですね。)
(そうなのか?)
(はい、あのときはあなたの意識がなかったというよりも、あなたの心と肉体のつながりが途切れたという形でしたので。)
(お前が活性化した影響だと言っていたけど。)
(はい、なぜかこの館に入った途端引っ張り出されるような感覚があったんですよ。それにしても、口調が軽くなってません?)
(いや、お前のせいで僕が失神したって聞かされたからなぁ。)
(口調は、やはり影響を受けているのだと思っていましたが……両隣の口喧嘩が更にヒートアップしてきましたよ。早く止めないと。)
最初の方は小さくて聞き取れなかったが、言いたいことは理解した。
言われてみれば更に酷い喧嘩になっていた。「バカ」「アホ」とお互いに言い合っている。すごくレベルが低い。
ハァ。
(喧嘩の止め方を教えてくれ)
(承りました。)
仕方ないのでゼントの指示に従って喧嘩を止めることにする。
僕まで注目されているぞ。
「なあ、いいか。二人とも。」
「何?、「何だ?」
「見たところ二人は知り合いのようですが、なんで真ん中を開けて座っていたんですか?」
「えっと、それは……。」
「いや、ちょっと……。」
僕がそう聞くと二人ともしどろもどろだ。面白いようにうろたえ始めた。
やっぱりゼントの言った通りか。
「まさかとは思いますが……座った人がどちらを優先するか勝負でもしていたんですか?」
二人は口を閉じて顔を見合わせた。そして再度こちらを見る。
「「えっと、はい。」」
二人の声が重なった。本当に勝負をしていたらしい。
「ハァ、じゃあ、両方と友だちになるので仲直りしてください。」
「えっ」「それは……」
「いいですね?」
「「はい。」」
僕が言うとやっと二人は大人しくなった。
これが初めての友人たちかー。
僕は本当にここでやっていけるんだろうか。奴隷として王族に献上された後の不安もまだ消えたわけではないのに。
(素晴らしかったですよ。)
ゼントはそう言っているが、僕はいまいちこの声を信用しきれていない。
まだ、僕にはゼントに聞きたいことが山ほどあるのだ。
だから、質問攻めにして聞き出すことにする。
(ゼントはなんで神格になったんだ。)
(おや、神格については聞かないのですか?)
(おそらく、人格と似たような意味でしょう。)
(全く違います。賢そうにふるまわないほうがいいのでは?)
質問を初めて早々にいやみったらしいことを言われた。おそらく善意で言っているのだろうが、心に来くるものがある。
この口調は僕のクセなのだ。
気を取り直して。
(では神格について教えてください。)
(そうですね、神格というのは、人格が霊格に、霊格が神格に進化したものです。)
(やっぱり人格と似てませんか。)
(いいえ、違います。あなたが言っている人格というものは人の性格を指しています。私の言う人格、霊格、神格、は存在としての格を指しているのです。)
その後、ゼントが語ったことは次のようなものだった。
曰く、この世のすべての物質は魔力で出来ており、物質としての世界と魔力としての世界の2つの世界が合わさってこの世界は出来ているらしい。
この世界というところで疑問を持ったが、ゼント曰く、世界は一つではないそうだ。
時々僕の頭に浮かんでくる言葉は、前世の世界のものである可能性が高いという。
そして、人格というのは、魔力で出来た人間の魂を指すそうだ。
人格には、その魂ごとに違った名前がついており、それを神名と言うそうだ。【ゼント】というのは僕の神名であるらしい。
人格には固有能力があり、【ゼント】にもある。また、力がより強くなる覚醒という状態があり、覚醒して肉体が更に変化した状態を神名で呼ぶと言われた。
恐らく、【ヘラクレス】というのはダットンの神名なのだろう。
人格は鍛えることによって進化させることが出来、それに伴って肉体も進化するそうだ。
そして、【ゼント】は神格なので僕は神であるらしい。
以上がゼントの話で分かったことである。
この話を聞いて疑問に思ったことが一つ。
(じゃあ、なんでゼントには自我があるの?)
そういうことだ。神格が魔力としての魂であるならば、心は、ないはずである。
(何故でしょう? それは私にも分かりませんね。)
ところがゼントにもわからないという答えが帰ってきた。
そうなったら、カイトにはどうしようもない。
まだ何か隠している気がするんだけどな。
カイトがそう思って更にゼントを問い詰めようとした時、ガラガラと講堂の教卓近くにある扉が空いて一人の女性が入ってきた。
50歳ほどに見え、手には出席簿のようなものを持っている。礼儀正しく歩くその姿は、まるで礼儀作法の教官のようである。
嫌な予想をカイトは首を振って追い出した。
友人二人がどうしたのかとこちらを見ている。
彼女は出席簿のようなものを供託において言った。
「皆さん。私はこれからの三週間皆さんに礼儀作法を教えるマージと言う者です。今回、説明会の司会を務めさせていただきます。」
そして彼女教壇の端のほうに立って言った。
「それでは、出席を取ります。呼ばれたものは大きな声で返事をしなさい。」
嫌な予想が2つとも当たってしまった。
講堂にいた全員が自然と背筋を整えた。