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おばあちゃんへの手紙

今は亡き、おばあちゃんへの手紙をとどけるには・・・

 夢をみました

 煙草を吸わないおばあちゃんが煙草を買っている夢でした

「おばあちゃん、煙草吸わんのになんで煙草買うの」

と私が聞くと

「お前が手紙をくれたんで、それで買うんや。おおきにな……」

と少々意味がわからない理由でした。

「手紙を二通書いてくれたんで、それで二箱買うんや。ほんまにおおきに……」

 また、おばあちゃんは言いました。


 私が幼い時、おばあちゃんは時々丹後半島の田舎から一人電車に乗って五時間近くかけて年に何度か私のいる名古屋まで遊びに来ることがありました。その頃おばあちゃんは確か八十歳は超えていたと思います。年齢からすると随分と大変な旅であったに違いありませんが、

「お前の顔を見たくなったから、来ただけや。楽しみにして来たんやからなんも大変なことあらへん。ちゃんと気張ってるか?」

とその度におばあちゃんは決まったようにこう言いました。

 私は、おばあちゃんの言葉には頷くだけで答えず、

「ばあちゃん元気だった?」

と聞くだけでした。

 

 私が働き出して直ぐ、丁度お盆休みに入る前のことでした。田舎から電話がありおばあちゃんが遊びに来きたいとのことでした。高齢なこともあって親戚からは反対されたようでしたが、私に予定がなければということで連絡をしてきたようでした。私には特に何の予定もなかったため、そう伝えると二日後の土曜にやってくるからと言うことでした。本当なら、私が行くべきだったのでしょうが、母方の田舎とは特に親しい親戚づきあいをしていたわけでもなくお互い気を使うだけになることにこちらから行くからという言葉を出すのも億劫で、おばあちゃんが来ることを楽しみに待つことにしました。

 その日、おばあちゃんはいつものように私に

「気張ってるか?」

と言いました。

そして、

「わしも、もう、年だでなぁあ、今度いつ来られるかもしれへん。お蔭様でまたこうして遊びにこさせて貰えた、お前の顔も見られた。ほんまオオキニな」

と言って目に涙を溜めていました。

 暫く見ないうちに猫のように小さくなってしまったおばあちゃんでした。昔は随分大きく見えた背中も力強かった手も小さく小さくなっていました。

 お盆には帰らないといけないからということで、その時、おばあちゃんは三日程居ただけでした。ご飯を食べに行って、熱田神宮へ参拝にいっただけでしたがおばあちゃんはいつもニコニコしていました。

 田舎に帰る前の晩、おばあちゃんが言いました。

「なぁ、手紙を代わりに書いてくれへんか」

 どこへ手紙を書くのかと聞くと

「どこでもええやん。わし勉強しとらんから字が書かれへんやろ。そやから、代わりに書いてぇな」

とおばあちゃんは言いました。

「紙と筆は持ってきた」

 おばあちゃんは、いつも大切に持っている手提げから便箋と筆ペンを取り出しました。

「書くのはいいけど、字、汚いよ」

という私に

「字なんぞ汚のうてもええんよ。一生懸命書いてくれたらそれでええんよ」

とおばあちゃんは顔の皺をくしゃくしゃに笑顔で言いました。

 おばあちゃんは、

「わしが何言うても笑わんと書いておくれよ」

と私に念を押すと手紙に書く内容を話し始めました。とても短い文章でした。


 お母様、

 今、私は、孫のところへ遊びに来させていただいております。この歳になってまでこうして遠いところまで来ることができてとても幸せです。

 孫も生活には苦労しているようですが、我慢して気張っております。小さい頃から体も弱い子供でしたがいまでは大きく育っています。本当にありがとうございます。これからも色々と苦労することもあるでしょうが、どうぞ何かの時に助けてやってください。

 お母様のことはこの歳になっても忘れることはありません、いつまでもご機嫌よろしくお過ごしください。

 本当にありがとうございます。

きぬえより

 

 その手紙はおばあちゃんのお母さんへ宛てた手紙でした。

 手紙を書き終えると私はおばあちゃんに聞きました。

「この手紙って、おばあちゃんのお母さんへの手紙?」

「そう、わしのお母はんへの手紙や。中々、恥ずかしゅうてあまり人には頼めんかったから、今までは自分で書いとった。わしは字がようわからんから、ちゃんと書けてるか心配やった、そやさけ今回はお前にたのんだんや」

 そう言うとおばあちゃんは、封筒を取り出して便箋を丁寧に折りたたみ中に入れました。封筒には『おかあさんえ』と平仮名で宛名が書いてあり使用済みの切手が貼られていました。

「亡くなった人にな、手紙を出す時にはこうするんやで。覚えておきないよ。誰でも手紙をもろうたら嬉しいやろ。それは死んでからも同じや。形だけ仏壇に手ぇ合わせても、墓の前に座っていもろうても嬉しゅうないやろ。心の籠った言葉がやっぱり一番嬉しいやろ。なぁあ……」

そう言うとおばあちゃんは封筒に封をしてベランダへ出て行きました。

 亡くなった人に手紙を出すのには、心の籠った言葉を便箋にしたため、自分宛に出された手紙に貼られた使われた切手を剥がし、それを封筒に貼って月命日か晦日の夜に燃やすのだとその時おばあちゃんは教えてくれました。すると何日か経って夢の中で返事が聞けるのだということでした。

 

 おばあちゃんは、三年前に九十九歳でこの世を去りました。親戚の中で、孫の中で私だけが生前入院しているおばあちゃんを見舞いには行きませんでした。言い訳になりますが、私が行けばおばあちゃんは逝ってしまうような気がしたからです。もうだめかもしれないと聞かされてから二年以上経った春の事でした。ゴールデンウィークには一度見舞いに行ってみようと思った日の朝、田舎から連絡がありました。おばあちゃんが亡くなったという知らせでした。

 

 おばあちゃんごめん

 怖かったんや。見舞いに行ったら、おばあちゃんが、逝ってしまうんと違うかと思うと怖かったんや。ごめん。最後にお疲れ様って言ってあげなきゃいけなかったのかな。ごめんな、おばあちゃん。こんな孫で本当にごめんな。

 あっちからは、よう見えてるんやろな。ぼくが、何をしてるのか。

 なんもできん、大したことも、ようできん。おばあちゃんのおもうようないい人間でもない。本当に、ごめんなさい。

 

 私は、こう手紙をしたためおばあちゃんから教わったようにしてみました。

 あれから三年、その返事がようやく届きました。


 おばあちゃんへ、

 ありがとう。


 短い手紙ですが、また、届くといいなと思いながら私は今、手紙の燃える赤い炎に祈りを込めて見つめています。


おしまい


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