第12話
ふんわりと何かに当たった感触が全身を通して伝わってきた。恐る恐る目を開ける。そこに広がっていた景色は、私の部屋そのものだった。
「えっ、嘘。私の部屋だ。え、これは幻とか、夢じゃない・・・よね?」
頬を抓ってみる。痛かった。これは夢なんかじゃない。現実だ。
「柚美、ご飯だよ!」
母親の呼ぶ声で夢か現実か分からず混乱していた脳も目を覚ました。無意識のまま時計を見る。日付も時刻も、加能さんに宣誓した通りのものだった。
「ホントに戻って来れた!!」
ベッドの上に立ち、飛び跳ねて喜んでいると、「柚美、お母さん仕事行っちゃうよ! 早く降りて来なさい!」と、母が私を焦らせるような感じで声をかけてくる。昨日もそうだった。同じすぎて少し怖いと思ったが、今は楽しさのほうが勝っていた。
「はーい! 今行く!」
タイムリープできた嬉しさを必死に隠しながら階段を駆け下りる。このことは、誰にも内緒の話にしよう。そう胸に誓っていたのに、眼下に広がる光景はやっぱり昨日と全く同じもので、思わず「すごっ 」と口にし、頬を緩めてしまった。結局私は心からの嬉しさが隠し切れず、ニヤニヤしてしまう。
「お姉ちゃん、何笑ってるの?」
まっすぐな瞳で聞いてきた弟の虎太。本当にクラスメイトからの虐めに遭っているとは思えない虎太の姿に心が動かされる。ピュアなハートの持ち主は、やっぱり私のせいで虐められてるんだろうな、と改めて深く反省してしまう。
「思い出し笑いしちゃっただけだよ」
「なにそれ、気持ち悪いんだけど」
「ごめんごめん。そんなこと言わないで。傷付いちゃう」
「うそだぁ~! お姉ちゃんのメンタルは鋼じゃん!」
虎太は私のことを指差して、心の底からの笑い声を出す。
「何言ってるのよ~、私の心はガラスでできてるのよ?」
「面白いこと言う子ね~」
「虎太は良いとして、何でお母さんまで笑ってるの?」
「それは・・・、って、ほら柚美! さっさとご飯食べちゃいなさい。お母さんもう少ししたら仕事行くんんだからね」
「はいはい。分かりました~」
「はい、は1回でしょ!」
「はーい」
白い湯気を踊らす麻婆豆腐。雫が滴り落ちるガラスコップに注がれたオレンジジュース。とりあえず今は食べなきゃ。考えるよりも先に。母が仕事に行く前に。
「いただきます」
問題はこのあとだ。食事を終えてから数分後、家族団らんの時間は私の発言により険悪ムードへと一変してしまう。喧嘩別れのような状態になるという結末は変えられない。ならば、先にちゃんとした想いを伝えてから、そのあと昨日と同じような振る舞いをすればいいんだよね。
麻婆豆腐は、昨日よりも辛味を強く感じた。




