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過去への扉がひらくとき  作者: 成規しゅん
FNo.01 ミヤベ セイト
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第5話

「お待たせしました」

「いえ。大丈夫です」

「早急のご対応、感謝します。では、こちらへどうぞ」


 階段を上り、右手に曲がった先にある廊下を歩く。その部屋は突然現れた。ドアが開いた先にあったのは、机に向かい合わせで座れるように配置されたパイプ椅子二脚と、パソコンが設置された小さなテーブルとパイプ椅子一脚。僕は本当に取り調べを受ける。


「こちらにお掛けください」

「ありがとうございます」


 僕はドアに向かう形で座る。目の前に浜中さんが座り、パソコンの前に早乙女さんが座った。


「もう一度、話を聞かせていただけますか。田仲華里那さんのことで」

「はい」

「昔からの知り合いと仰っておりましたが、もう少し詳しく教えていただけますか」

「華里那と知り合ったのは、八年ほど前、華里那の自宅でした。高校二年のとき、僕は華里那の姉である田仲真里那と付き合っていたんですが、付き合う前に何度か家の方にお邪魔していたので、その時に」

僕が発言するのと同時に、早乙女さんはキーボードで文字を打っていく。

「そうですか。そのタナカマリナさんは、今どこで暮らしているかご存じですか?」

「真里那は七年前、高校二年の五月三日に死にました」

「ご病気か何かで?」


この瞬間の浜中さんの表情はどこか落ち着いていて、何を言っても受け止めてくれそうな、そんな優しさも持ちあわせているみたいだった。


「いえ、殺害されたんです」

「そうだったんですか。それは、失礼しました」

浜中さんは早乙女さんと目を合わせ、軽く頷いていた。恐らく真里那のことも調べたのだろう。それで、僕の言うことが間違っていないか確認しているのかもしれない。

「だから今回、華里那も殺されたって知ったときは、居ても立ってもいられなくて」

「そうですよね。お気持ち、お察知します」


 一瞬だけ沈んだ空気。しかし、すぐに浜中さんは僕に問いかけてきた。


「あのあと、スマホの解析もさらに進めまして、被害者と宮部さんのメッセージでのやり取りを見ました。お二人はお付き合いされていましたか?」

「はい。付き合ってます」

「同じ会社で働いていて、お付き合いもされていて、普段はどのような会話をされているのですか」

「会社の話がほとんどです。それ以外では、休みの予定のこととか、そういったことです」

「そうですか。普段の会話の中で被害者自身が、不審人物が跡を追いかけてきたり、

誰かに狙われているであったり、社内外問わず危険人物がいる等の話をしていたことはありました?」

「いえ。聞いたことありません」

「そうですか。宮部さんは、社内外で被害者に恨みを持っていそうな人に思い当たる節はございますか?」

「いえ。ないです」


 華里那に限ってそういう人はいないよね…。考えられないよ。でも実際に、華里那を追いかける不審人物がいたり、誰かに狙われていたり、恨みを持っている人物がいたのなら、僕は華里那と心を通じ合えていなかったことになるよな。だとしたら、自分にも問題があるじゃないか。


「被害者が発見されたとき、こちらの鞄の中からスマートフォンと社員証、財布が見つかりました。被害者のもので間違いないですか?」


見せられた画像には、誕生日にプレゼントした長財布、愛用していた、犬がデザインされたケースに入れられているスマホ、綺麗な瞳で前をまっすぐ見つめる社員証の顔写真。そのどれも華里那のものだ。でも、ひとつだけ、足りないものがあった。


「はい。間違いないです。でも、足りないものがあるんです」

「足りないもの、ですか?」

「財布の中身って、何が入ってました?」

「この画像に写っている通り、五百三十二円分の小銭だけでした。そのため、お札やカード類が抜かれた可能性もあると見ているのですが」

「違うんです。お金じゃないものは入ってなかったですか?」

「と言いますと?」

「財布の中に、この指輪、ネックレス仕様になった指輪は入っていませんでしたか?」

首に付けていたネックレスを外に出し、指輪を見せる。それを見てから浜中さんは、

「お財布に、ですよね? 入っていませんでしたよ」と冷静に答えた。

「首とか、指にも、付けていませんでしたか?」

「ええ。アクセサリー類は一切付いておりませんでしたよ」


華里那と初めてお揃いの品として買った指輪は、僕にとって大切な思い出のひとつ。それが無いなんて、信じられない。


「誰かに取られたんだ。土曜日の夕方、テレビ電話をした時に財布に入っているのをこの目で確認してるんです。華里那を殺した犯人が奪って逃げたんだ!」


僕はいつの間にか興奮状態の中にいた。それを制止してくれたのは、やはり浜中さんだった。


「宮部さん、一度落ち着きましょう。被害者との思い出があるのでしょうから、注意しながら捜査しますので」

「見つけてください」


 浜中さんの眼鏡の奥がキラリと光った。思い出を誰かに奪われたくない。僕と華里那以外の人物が華里那の物を好き勝手に身に着けているという想像をするだけで、胸が騒ぎだす。


「今日はここで終わりにします。もし何かあればまたこちらからご連絡させていただきます」

「分かりました」


立ち上がり、早乙女さんに一礼だけして部屋を出た。


 浜中さんに案内され、辿り着いた一階フロア。制服に身を包んだ多くの警察官らが行き交っていた。


「ご協力ありがとうございました」

「いえ」


 僕は急ぎ足で警察署を後にした。腕時計で時間を確認する。お昼を食べる時間である十二時を裕に過ぎていた。スマホで近くのスーパーを探し、気分転換も兼ねて夕飯の食材を買いに向かう。


 昼下がり、普段通らない道をスーツ姿で町を一人歩く。老人が道路の端をゆっくりと進んでいる歩道。閑静な住宅街。酒屋の軒先で暇そうに座っている一匹の猫。まるで田舎町に帰ってきたような、そんな懐かしさが辺り一帯に広がっている。


猫は大きなあくびをする。「呑気でいいな、君は」ふと、いつものように僕は、初めましての猫にそう話しかけていた。

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