第12話
家に帰ってからも、私は父のことばかり見続けた。
家族のことを見て嬉しそうに笑っている顔。
テレビの情報を見て口出ししながら怒っている顔。
私が遊ぶ様子を楽しそうに見ている顔。
私が何気なく言った「パパ嫌い」という一言に傷付いて泣き出した顔。
母と会話している声。私を楽しませてくれる父の声。
そのどれもが、私の頭の中に刻まれていく。未来に持っていける。
次の日からは父が仕事に出かけていったために、これといった思い出を作ることはできなかった。でも戻った一日目で父の存在を近くに感じられたこと、そして母の愛情を受け取れたことに関しては、自分が悔やんでいたことを晴らすことができた。戻ったら、もう少し母に優しく接してあげよう。そう思った。
タイムリミットが迫る中、私は寝ている父の手を軽く握り、顔をそっと近づけ、「ありがとう」と呟いた。見間違いかもしれないが、父は微笑んでいるようだった。
時刻は朝の五時ちょうど。扉には確かに紙が貼られている。加能さんは私のお願いを訊いてくれていた。
紙に書かれてある通り、私は「支配人さん」と呼びかけた。
「支配人さん。十五年後の六月二日、午後六時に戻らせていただきます」
「悔いは残っておられませんか?」
扉の向こうから加能さんの声が聞こえた。トンネルの中で声同士が共鳴している感じだった。
「はい。残ってないです」
「かしこまりました。では、七瀬様のご帰還を許可します」
扉が自動で、ゆっくりと開いていく。過去に戻るときに開いた扉の中は真っ暗だったのに、戻ろうとしている今、太陽の光が差し込み、その中では桜の花びらが優雅に舞い踊っていた。
「バイバイ、お父さん。また会おうね。お母さん、今から帰るね」
私は深呼吸し、その中へと足を踏み入れた。