第10話
私は写真に写っていたお洒落着に着替えさせられ、平司という男性に抱えられたまま、家を出た。母は常に嬉しそうな表情を浮かべて歩いている。やはり、この人は私のお父さんなのかもしれない。母を利用して、この人が父かどうかを確かめるしかない。そう思ったときには母のほうを指差し、「ママ」と口にしていた。
「ママがどうしたの?」
「ママ、ママ」
とりあえず、私はママとだけ連呼してみた。すると母が、私が言いたいことを汲み取ったのか、「ママがいいの?」と言ってきた。それに対して私は大きめに頷く。
私がそう言ったせいで、男性は寂しそうな表情をしていたが、すぐに「京香、変われる?」と母に問いた。
「うん、大丈夫だけど。平司、もっとゆず奈のこと抱いてたいでしょ?」
「本当はね。でも、ゆず奈がママがいいって言ってるんだから仕方ないよ」
「そっか。ごめんね」
「ううん、気にしないで。俺は毎日家にいるわけじゃないから、ゆず奈だって緊張するだろうし。京香にべったりな理由も分からなくもないからさ」
「・・・うん。あ、平司、これ持ってくれる?」
「もちろん」
男性は母が持っていた荷物を受け取り、私は母に抱かれる。今とは百八十度違って、母の愛情を身に染みるように感じた。
実家近くの交番前を通りかかる。ちょうど自転車に乗ろうとしていた警察官に話しかけた。
「お疲れ様です」
「七瀬か。どうや、仕事順調か?」
「はい。あのときはお世話になりました」
「これからの未来を引っ張っていくのは七瀬のような警察官だ。生真面目な性格を活かして頑張ってくれよ」
「ありがとうございます」
母はにこやかに二人のやり取りを眺めていた。
「ママ、だれ?」
「あの人はね、平司の先輩警察官なの」
「せんぱい?」
「うーん、パパよりも警察官としての歴が長いの」
「わかんない」
「分からないよね。でも、いつか分かる日がくるからね」
「うん!」
とりあえず大きく頷いておく。二歳児の頃、自分がどんな様子だったか分からないが、それとなく演じられている気がする。
「けいさつかん! けいさつかん!」
「そうね。警察官はカッコいいよね。ゆず奈のパパもかっこいいでしょ?」
「パパはかっこいい! けいさつかん!」
「うん。パパはカッコいいね」母は嬉しそうに微笑んだ。
やはり、母が平司と呼ぶ男性=私の父親だということが判明した。しかも、警察官だったとは。写真に写る人が私の父で間違いない。よかった。これで母に私にも父親がいた証拠として写真を突き出せる。残りの四十五時間は、父の姿を脳に、瞳に焼き付けることにしよう。