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過去への扉がひらくとき  作者: 成城諄亮
FNo.02 ハマナカ ツヨシ
29/143

第13話

 七瀬がハンドルを懸命に握り、赤色灯を付けて追いかけたあの軽自動車は、空き家となっていた住宅のコンクリート壁に衝突した。同乗者二人は無事だったが、運転手は助け出されたその場で死亡が確認された。車の壊れ方も、同乗者の怪我の程度も、運転手は容疑者死亡の扱いになったこと、結末は嘘みたいに、何一つ変わらなかった。


 結果が変わらないことを知っていても、残された二日間は松野へ会いに行った。応答がないのに話しかけ続けた。松野の少し高い声を聴くことが、星みたいな眩しい笑顔を見ることが、もうできない。これほど悔しいことは後にも先にもないだろう。自身に課した目標を達成することができたかは分からない。それでも、これからの生きる希望を松野からもらえた気がした。


 三日後、あのときと同じ時刻に松野は星になった。


「松野松矢、私と出会ってくれてありがとう。こんな私に憧れてくれてありがとう。これからは一番星のようなその明るさで、私のことを照らし続けてくれ。私が松野の代わりになれるかは分からないが、松野の分まで警察官として生き続ける。今日までありがとう。またどこかで再会しような。それまで待っててくれよ」


 タイムリミットの二十一時が迫る中、扉の前に立った。ひとりで。


「支配人さん。一か月後の一月二十九日、十一時に戻らせていただきます」

「悔いは、残っていませんか?」扉の向こうから聞こえてきた加能の声。エコーがかかっているようだった。

「はい。大丈夫です」

「かしこまりました」


 七瀬はまだ戻っていないのか。それとも、先に現代へ戻ったのだろうか。


「あの、加能さん。一つお聞きしたいことが」

「すみません。答えることができません」

「どうしてですか?」

「浜中様が抱いている疑問に関しましては、わたくしの口から説明させていただきたい所存です」


加能が答えてくれない理由はよく分からなかったが、とりあえず話を訊くことにした。


「分かりました。お願いします」

「はい」


咳払いをして声の調子を整えた加能。その音すらもエコーがかかる。


「ここで一つ、浜中様にお伝えしなければならない、残念なお知らせがあります」

「もしかして、現在に戻ることができないのでしょうか」

「いえ、浜中様には、戻っていただけますよ」

「私には、って・・・。じゃあもしかして・・・・・・」

「はい」


 加能の発する声のトーンから、すべてを察した。


「七瀬様が規則に反した行動をされたため、現在へ戻る許可が出せなくなりました」


姿は見えないが、やけに落ち着いた声をしている加能。胸は唐突にザワザワと騒ぎ始めた。


「七瀬は、何をしたんですか?」

「七瀬様は、ご自身の手で過去の結末を、変えてしまったのです」

「え」

「運転手の方も松野様という方も、お二人とも死亡しないという結末を迎えました」


七瀬、何やってるんだよ。戻ってくると約束したじゃないか。


「七瀬様は、居酒屋から出てすぐの細い道路で、事故を起こす車を静止させました。パトカーで道を塞ぎ、通れないようにしたのです。これにより運転手、同乗者、そして松野様も、無傷で助かったのです。結末が変わってしまいましたので、七瀬様は残念ながら規則違反ということになり、現在へ戻ることができないのです」


行動を変えただけで過去に戻れないだなんて。


「だったら私も、規則に反したことをしました。過去に取らなかった行動を、戻ってきた今、取ってしまった。これは、違反に値することですよね?」


七瀬のことを想うと、口調が厳しさを増す。


「浜中様、あなたがしたことは違反ではないですよ。運転手と松野様が亡くなるという結末が変わっておりませんので。そのため、浜中様だけは戻れるのです。さぁ早く、こちらへお戻りください」

「そんなこと言われても―」

「これは忠告です。戻ってください」


加能の声は酷く震えていた。現代へ戻る選択肢しか与えられていないことを知った瞬間だった。


「分かりました。早急に戻ります。許可していただけますか」

「はい。もちろんです」


扉が自動的にゆっくりと開く。戻るときよりも明るくなった扉の向こう側では、どんな未来が待っているのだろうか。そう思いながら、私はひとり、過去を出た。六時間にも満たない旅行だった。

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