第11話
足と手が何か硬いものに触れた状態で着地した。恐る恐る目を開ける。目下には見慣れた内装とハンドルがあった。
「浜中さん、どうしたんですか、ぼーっとして。早く巡回に行きますよ」助手席に座る七瀬が訊く。
「おい、七瀬、あの黒猫はどうなった?」
「黒猫? 浜中さん、大丈夫ですか? あ、もしかして猫たちがいっぱい出てくる、そんな夢でも見ていたんですか?」
「あぁ、いやぁ気にしないでくれ。それより七瀬、私の腕を握ってたよな? こう、ぎゅっと」
「いやいや、握ってませんよ。やっぱり浜中さん、相当疲れが溜まってるんじゃないですか?」
このやり取りで気づいた。助手席に座るのは、一緒に旅行へとやってきた七瀬ではなく、あの当時のままの、このあと何の事件について何も知らない七瀬だということに。
「七瀬、悪いが運転変わってくれないか? 変なこと言ってる私の運転で乗りたくないだろう?」
「運転を変わるのは別にいいですけど。まぁ、確かにそうですね。今の浜中さんお疲れのようですし、運転席より、助手席ですよね」
最初から運転席ではなく、助手席にいれば、松野のもとへ飛んでいける。一秒でも長く時を共に過ごせる。急ぎ目に運転席のドアを開け、そして助手席側に移る。街灯の柔らかな明かりが真っ暗な空を照らす。
「七瀬、変なこと言って悪かった」
「いえ」
事故を起こす軽自動車が、居酒屋近くのコインパーキングから出てきた。いよいよ、運命を左右する出来事に直面する。
「おい、あの車怪しいから追いかけるぞ」
「分かりました」
助手席にいても、心臓が今にも口から出るんじゃないかというほどに早く動く。結末を変えてはいけないという気持ちと、自分自身に課した目標を達成しなければいけないというプレッシャーとが入り混じる。
「浜中さん。あの車、どう見ても飲酒運転ですよね」
「あぁ、間違いないな」
「追跡しますか」
「おう。絶対に逃がさないからな!」
「は、はい」
松野、いま会いに行くからな。もう一度、私に松野の笑顔を見せてくれ。




