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過去への扉がひらくとき  作者: 成城諄亮
FNo.02 ハマナカ ツヨシ
18/143

第2話

  *


 十五年前の十二月のこと。クリスマスムード一色に染まる市街地で、働く人たちは当たり前のように忘年会を開く。浜中たちが所属する署の管轄地域では、交通事故やら飲酒運転やらが頻発するために、三年ほど前から徒歩とパトカーでのパトロールを強化していた。


 この日も浜中は七瀬を助手席に乗せてパトロールをしていた。飲食店街となっている道路近くの木陰にパトカーを停め、監視するように目を光らせる。そんな中、とある居酒屋から出てきた一人の男性が、近くのコインパーキングに止めていた軽自動車の運転席に乗り込み、一緒にいたと思われる男性二人を後部座席に乗せ、何事もないかのように車を走らせた。


「浜中さん、行きますよ」

「あぁ」


案の定、運転手は酒に酔っているようで、暗い夜道を蛇行運転し始める。


 「浜中さん。あの車、どう見ても飲酒運転ですよね」

「あぁ、間違いないようだな」

「赤色灯付けて追いかけますか?」

「あぁ。あのまま運転を続ければ危険だからな」

「分かりました」


 赤色灯を付けた状態で、前方を走る軽自動車の追跡を始めた。七瀬は車に停まるよう何度も指示を出す。しかし、その声を無視して走り続ける車。このままだと事故が起きかねない。そう思ったときだった。


「ドンっ」と凄まじい音がした。軽自動車と衝突を防ぐためにハンドルを切る。飲酒運転の車は同乗者を乗せたまま、何かに衝突した。そして、何事も無かったかのように颯爽と走り去っていく。瞬く間の出来事だった。


 車が去ったその場所には、一人の若い男性が横たわっていた。真新しい横断歩道の上に滲んでいく血が、パトカーのヘッドライトに照らされる。


「七瀬、あの方の救護を頼んだ! 何かあればすぐに応援を呼ぶんだ。私はあの車を追いかける!」

「はい!」


助手席のドアを開け、一目散に外へ飛び出した七瀬。ドアが閉まったのを確認して、すぐに蛇行運転をする車を追いかけた。絶対に取り逃がさない。その一心でハンドルを力強く握り直した。


 追跡を初めて十分。道が空いていることもあってか、いくら赤色灯を付けて追いかけても、止まるように指示をしても、一向に停まろうとしない軽自動車は、みるみるうちにスピードを上げていく。危険を感じた対向車や前方を走る車は次々と避けていく。遅い時間ということもあってか、車通りは思いのほか少なく、多重事故は起きなかった。


信号が青から赤に変わる。ようやく捕まえるチャンスが来た、そう思ったとき、前方を走っていたその車は信号を無視して小さな交差点に進入。ハンドル操作を間違えたのか左へ大きく曲がり、角に建っている家に衝突した。


解体工事の現場のような音が辺り一帯に響き渡る。


 近くの空き地にパトカーを停め、無線を使い応援と救急を呼んだ。そして、慌ててその車の元へと駆け寄った。車は住宅のコンクリート壁に衝突し、前方部分は原型を留めないほどに変形している。ただ、運転席や後部座席にはそこまでの損傷は見られなかった。


 衝突音を聞いた周辺住宅の明かりが一気に付き始める。まるで停電から復旧したみたいだった。カーテンを開く人や玄関から飛び出してくる人など、瞬く間に野次馬が現場に集まっていた。


衝突された家の電気はいつになっても付かない。もしかしたら、と最悪の状況も予想しつつ、先に、車に乗る三人へ「大丈夫ですか? 出て来られますか?」大きな声で何度も呼びかけた。三回目でようやく声が届いたのか、後部座席に乗っていた二人が後部座席のドアを開けて出てきた。纏うアルコールの匂いが強烈に鼻を掠める。


「大丈夫ですか?」その声に反応し、降りてきた二人は手を揺らしながら答える。しかし、肝心の運転手からの反応はなく、降りてくることもなかった。


「運転手は?」強い口調で降りてきた同乗者に問い質すも、二人ともが完全に酒に酔い潰れているために、呂律が回っておらず、何を話しているのか聞き取ることができなかった。


その間にも家に明かりが灯ることはなかった。現場に寄って集る近隣住民にこれ以上近づかないようにと制しつつ、一番前で心配そうな表情を浮かべていた女性に「この家の住民の方はいらっしゃいますか」と尋ねた。すると「いいえ~。空き家なので誰も」と答える。その瞬間に、ホッと息を吐いた。しかし、安堵するのはまだ早かった。


 近づいてくるパトカーのサイレンと救急車のサイレン。私は断りを入れて窓ガラスを割り、そこから顔を近づけて運転手に声をかけ続けたが、一度も反応することはなかった。その時だった。「あ、あ、あぁああ」と突然声を上げた同乗者。もう一人はまだ酔い潰れたままで、地面に倒れこんでいた。


声を上げた同乗者は酔いから醒めたのか、はっきりと聞き取れる声でこう言った。「ムラキさん!」と。


「運転手の方のお名前ですか?」

「そうです!」

「フルネームと年齢は分かりますか?」

「ムラキサブロウ、四十五歳です」

「あなたともう一人の方のお名前は?」

「僕がタニムラで、彼はウエスギです。年齢はどちらも四十です」

「分かりました。とりあえずタニムラさんとウエスギさんは救急車が到着次第、救急隊の指示に従って病院に行ってください。後日、警察のほうからお話聞かせてもらいます。いいですね」

「あぁ、はい」


 応援を要請してから十分程度で駆けつけたパトカーと救急車、そして消防車。タニムラとウエスギを乗せた救急車は足早に現場から離れていった。応援で呼んだ警察官には近隣住民への対応や現場の封鎖を、レスキュー隊員には運転手の救助を頼んだ。


一縷の望みをかけて、救助を待った。が、時すでに遅し。大破したフロントガラス部分から助け出された運転手は、その場で死亡を確認。事故を起こしてすぐに亡くなったのだろう、という判断が下された。この刹那、ズタボロの心に後悔の二文字が纏わりついた。

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