第31話
商光の手紙を代読し終えてから、わたくしは正面を見ました。七瀬ゆず奈様は手紙の内容に感動されたのか、それとも怒りでも覚えたのか、とにかく感情を読み取ることはできなかったのですが、大粒の涙を流し、子供っぽく泣いていました。
その姿を見ても、わたくしは話しかけることができませんでした。どういうお気持ちでいるのか、聞いてしまってはいけないような気がしたのです。それは商光のためでも、七瀬ゆず奈様のためでも、もちろんわたくし自身のためでもありません。この問題には回答が必要ない。そう考えたためです。世の中には、答えが無い問題が広がっています。その答えを求められるのは、その問題に突き当たったご本人様だけなのです。
七瀬ゆず奈様からのご依頼が終わり、帰路に就いている途中、隣を歩く商光に話しかけられました。
「ねぇ」
「どうされました?」
「貴方様は、なんで七瀬ゆず奈様には自分の姿が見えなかったと思う?」
口調は少し寂しそうでした。やはり、商光自身、猫の姿を七瀬ゆず奈様に見て欲しかったのでしょう。
「それは、七瀬ゆず奈様が商光を求めていないからですよ」
わたくしは、ありのままをお伝えしました。七瀬ゆず奈様の表情を見て、そう感じたのです。きっと、商光のことを求めていたら、どういうかたちであれ、七瀬ゆず奈様の瞳にも映っていたはずですから。
「そうだよね。貴方様と違って、自分は誰か様に求められてもらえるような存在じゃないもんね」
わたくしが意図したところと、違う意味で受け取った商光。道端に落ちていた小石を遠くへ蹴飛ばし、ふん、と息を吐きました。
「商光、そういうことではありませんよ」
そう言うと、商光は目を真ん丸とさせ、少し驚いた様子で、「え? 違うの?」と言ってきたのです。わたくしは大きく頷き、そして地面に着地して、屈んで商光と目線を合わせました。
「七瀬ゆず奈様が商光のことをお求めにならなかった。それは、成長を意味していると思うのです」
「成長?」
「恐らく、過去に戻られたとしても、七瀬平司様のことを忘れないようにしよう、なんてことを思わなければ、七瀬ゆず奈様は商光の姿を見られなかったのではないでしょうか。七瀬ゆず奈様は、過去に戻られて、またひとつ成長されたのです。姿を見せられなかったからと言って寂しがるのではなく、その方の成長を喜ぶことが商光のお役目になるのでは?」
商光は少し黙って、フフッと静かに笑って、「それもそうだよね。教えてくれてありがとう」と言ったのです。ありがとう、そこには感謝の意味が込められている感じはしませんでした。なにか、ご自身の中で整理されているようでしたから、わたくしは敢えて何も言わないことにしたのです。
「商光にお分かりいただけたようで、よかったです」
微笑むと、商光も小さな口を緩ませて、控えめに笑ったのです。