第28話
「商光の個人的な想い出とは、一体どんなことなのですか?」
「話せば長くなるけど、聞いてくれる?」
「七瀬ゆず奈様に呼ばれるまでの間なら、お聞きできますよ」
「じゃあ、端的に話せるように頑張るね」
商光はそう意気込んだ後、わたくしに七瀬様への個人的な想い出について、ぽつりぽつりと、自分自身に言い聞かせるようなかたちで語り始めました。
「自分は、七瀬平司様のお父様である、七瀬英司様という方と、その昔、交流があったんだ」
「へぇえ」
「七瀬英司様はね、自分がホームレスとしての生活を始める前に働いていた工場の長をやってた人なんだ。でね、その七瀬英司様には順に、七瀬裕司様、七瀬平司様、七瀬幸司様という三人のお子さんがいてね。七瀬英司様は、特に次男坊である、七瀬平司様のことを溺愛していたんだ。もちろん三人とも愛していたんだけどね。その溺愛していた七瀬平司様が、警察という職に就いたことに関して、七瀬英司様は大いに喜ばれていたんだ。いつもはどこか取っ付き難い感じを醸し出してるのに、休憩時間になれば従業員に自慢話をしてくる程にね。だからなのか分からないけど、数回しか見たことがない七瀬平司様に特別な思いを抱いてた」
「特別な思いとは、また面白いですね」
「だって、仕事中は一切表情を変えない工場長、って従業員の間でも話題だったのに、七瀬平司様のこととなると、明るい笑顔を見せて自慢話をする工場長へと変貌するんだもん」
「そんなに変わるものですか?」
わたくしは冗談半分で聞いたのですが、商光は真剣な眼差しをされておりました。
「うん。七瀬英司様が七瀬平司様について語られてる瞬間の、あの時代の嬉しそうな笑顔が忘れられなかった。それで誰か一人でもいいから、七瀬平司様が生きていたっていう記憶を、一生消さずに持ち続けてもらいたかったんだ。でも、大人だとどんなに嘘をつき続けても、色んな人から、あらゆる方向から突き詰められて、結局正直に話しちゃうと思った。だから、当時まだ二歳くらいだった七瀬ゆず奈様からは、お父様である七瀬平司様に関する記憶は消さなかったんだ。子供なら、大人になってもそのほうが存在していたということを、記憶として話しても誰からも相手にされないって勝手に決めつけてた」
「でもそのことで、七瀬ゆず奈様は十七年間にわたって困られていたのです。こんな将来が来ることを、商光は考えましたか?」
「考えたよ。考えたけど、でも・・・」
「でも、七瀬ゆず奈様とこのような形で再会するとは思っていなかった。とでも言いたいのですか?」
「それは、違う!」
言い切るように伝えてきた商光。わたくしに初めて見せるような態度でした。
「では、何が違うのです?」
「確かに、死後の世界から生きていた世界に戻り、そこで七瀬ゆず奈様と再会するなんて思っていなかったよ。でも、このことを十五年経った今でも後悔してるんだ。自分のせいで七瀬ゆず奈様は七瀬平司様の話をすると、たった一人のご家族である七瀬京香様に怒られてしまう。辛い思いをさせ続けてきたのは、間違いなく自分なんだ。バレずに生きてくれるだろう。バレなければそれでいい。なんて十五年前の自分は楽観視していた。でも、この視方は間違ってた。だから、戻れるのなら直接七瀬ゆず奈様と顔を合わせて、誠心誠意謝りたいんだ」
商光は俯き、真ん丸の瞳をうるうるさせていました。そんな商光を救ってあげたい。そう思ったわたくしは、ある提案をすることにしたのです。