第22話
商光は、内容の割には明るいテンションで話していました。しかし、眼を見ると、黄色の瞳をうるうるとさせ、不揃いの毛が逆立っているところもあり、泣いているのか怒っているのか、ぱっと見では分かりませんでした。
「じゃあ、次は商光彰芳として生を受けたときから、死ぬときまでの話をしようかな」
「お願いします」
「自分は、商光彰芳として二度目の人生を歩み始めたんだけど、升田敢太のときとは違って色々と苦労したんだ。升田敢太の場合は、突然の病気にして死んだ感じだったから、そこまでの苦労はなかったんだけど、まぁ、時代的なこともあってね。その分、色んな人生経験を味わうことができたのはよかったのかなって思ってるんだ」
「例えば?」
「受験とかかな。商光彰芳は勉強ができたから、兎に角親からは上の学校に行けって言われ続けてね。その期待に応えないと暴力振るわれるような時代だったから、叩かれたりしないようにしなきゃ、っていう思いだけで勉強してた」
「あ、確か何かの授業で、そういう暴力が横行していたっていう時代があった、っていうのを聞いたことがあるような・・・」
「うそ、授業で取り扱われちゃう時代なんだ、なんだかショックだな」
商光は悲しそうに笑って、再びご自身の過去のお話を語り始めました。
「まぁ何とか合格はできたけど、そこから先がまた大変でさ。当たり前だけど、周りも賢い人ばっかりだからさ、その中に埋もれないようにするので必死だった。でも、そこでできた仲間もいてさ。それが下田竜様なんだよね」
「えっ、下田竜様って、あの下田竜様ですか?」
「うん。舟木一三様に付いて行ったあの人だよ」
「そんな昔からのお知り合いだったんですか?」
「下田竜様の方が年齢は一つ上なんだけど、たまたま学校で知り合って、たまたま同じ職場で働くことになったって感じでね」
「すごい偶然ですね」
「でしょ? 自分でも驚きだよ。その工場が潰れるまでの間、商光彰芳は苦しくも楽しく仕事してたんだ」
「そうなのですね」そう言って、わたくしは優しく微笑みました。
「まぁ、ホームレス生活をしていた間ももちろん楽しかったよ。津山八郎様、舟木一三様、下田竜様、嵜本憲太郎様と長年暮らして、そして、貴方様と出会った。貴方様と知り合ってそんなに時間が経過していたわけじゃないのに、一緒に別の生活場所を求めて移動中に二人ともが生涯を閉じたんだ。これもまた宿命だったのかなって思うんだ」
「商光はカッコいいこと言いますね」
「そんな、カッコいいなんて言われると照れちゃうよ」
真ん丸とさせた黄色い瞳は、まるで鉱物のように輝いておりました。
「商光彰芳としての人生は長かったなぁ。だって、七十八年間だよ? 升田敢太の九歳に比べたら、ほんと長く感じられるよね」
「それは・・・、確かにそうかもしれないですね」
何となく返答に困ったわたくしは、言葉を濁しました。人生の長さは、産まれたその瞬間に決まる、という話を、どこかで聞いたことがありましたから、何て言ってあげればいいのか、勉強不足のわたくしには分からなかったのです。
「これで自分の過去の話は終わり。どうだった?」
「よーく分かりました。教えてくれて、ありがとうございます」
商光が生きていた時代のお話を聞き、これから先ももっと商光のことを知りたいと、自然と意欲を掻き立てられておりました。これもまた、商光の話術に引き込まれたということでしょう。