第10話
わたくしが仲間に入った当初から、舟木一三様と嵜本憲太郎様の関係性は崩れておりました。些細なことで喧嘩する度に、年長者でリーダー格の津山八郎様が釘を刺しておられたようですが、その釘は二人の糠に打たれていたのでしょう。どれほどの罵声を浴びせようとも、お二方には効かなかったようです。
この喧嘩騒動のきっかけも、本当に何気ない会話からでした。嵜本憲太郎様は、どこにあるか分からない、しかも何カ所に設置されているかも分からない、舟木一三様の怒りのスイッチを押してしまったのです。この騒動は、新入りのわたくしには到底間に入れるようなものではありませんでしたし、リーダー格の津山八郎様にも、そして長年一緒に過ごしている下田竜様、商光彰芳様でも止められないほどの、大きなものでした。
「お前ら、ええ加減にせぇ。そんなに喧嘩する奴とは、もう一緒におられへん」
「だったら、別れましょ。解散しましょ。俺は下田さんと一緒にどっか行くんで、つやはちさんは残るなり、好き勝手にしてください」
「んなこと言われなくとも分かっとるわ。ここは俺が支配しとるところや。舟木と下田の勝手にしぃ。俺はもう何も口を出さん」
こうして舟木一三様と下田竜様はこのたまり場から消えていきました。わたくしが言うのもなんですが、最低な別れ方をしたもんだと思いました。
「俺はここに残るが、嵜本、商光、加能の三人はどうするつもりや」
「つやはちさんには良くしてもらいましたし、声をかけてもらった恩があるんすよ。まだその恩返しもできてないっすから、一緒に暮らしたいんす。なんで、俺はここに残りたいっす」
そう発言されたのは嵜本憲太郎様でした。つやはちさんに恩返しがしたいとの思いを抱えていらっしゃったようで、そのことに対し津山八郎様はどこか照れていらっしゃいました。
「俺は・・・、別の場所に行かせていただきます。ろくでもない俺のことを拾ってくれてありがとうございました。つやはちさんに出会えて本当に良かったです。つやはちさん、俺、頑張って仕事に就こうと思います」
「おう、頑張れよ。間違えても俺みたいな人にはなるんやないで」
「えへへ。つやはちさん、短い間だったけど、今までお世話になりました」
「こちらこそや。ありがとなぁ、加能。俺もお前と出会えてよかった。またどこかで会えたらええな」
「そのときは、よろしくお願いします」
「おう。立派な大人になるんやで」
「はい」
わたくしは津山八郎様様との会話を終え、寝床としていた段ボールを畳みました。新品同様だった段ボールも、陽が経つにつれて泥や砂汚れが付いてしまい、今となっては、わたくしのちょっとした人生が語られる道具となりました。
一方で、まだ気持ちの整理がついていない様子の商光彰芳様は、わたくしの背中をずっと見続けておりました。そんな商光彰芳様を心配された津山八郎様が、顔を覗き込むようにしてこう口にしました。
「商光、お前はどうする」
「加能が行くなら、俺も行きます」
「え」
わたくしは耳を疑いました。何せ、商光彰芳様は、一番に津山八郎様のことを慕っておりましたから。
「俺が言うのも何だけど、商光さん、いいんですか?」
「あぁ。新しい生活を始めようかと思っていたからな。ハハハ」
「そうだったんですね」
「つやはちさん、五年間お世話になりました。ありがとうございました」
「そうかぁ。商光がおらんなったら寂しいなぁ。でも、新しい場所でも頑張って生きるんやで」
「はい」
わたくしはもう一度、深く頭を下げて、津山八郎様にお礼をしたのち、三か月過ごした公園を後にしました。少しだけグレーに染まる雲。あと一時間もすれば、この辺り一帯、雨が降り出す。わたしたちは足早に歩きだしたのです。
行き場を無くしたわたくしは、途方もなく歩き続けました。理由も言わず、わたくしの後を付いてくる商光彰芳様と一緒に。
どれぐらい歩いたのか、そして方角も正確には分からないのですが、鬱蒼とした森の中へと、わたしたちは入り込んでいました。出口も見えない状況下で、聞き慣れない鳥の鳴き声や、虫たちが騒ぐ声に驚きつつも、ぐんぐんと前に進み続けたのです。
しかし、そこでわたくしの命のロウソクに灯された火が消える瞬間が訪れました。
どこからともなく飛んできた弾が、わたくしと商光彰芳様に命中したのです。そして、わたくしはその場で静かに倒れ込みました。商光彰芳がどうなったのか分からないまま、そして、家族にも知られないまま、わたくしは十六年間の命に幕を閉じたのです。