第9話
津山八郎様に誘われるがまま、わたくしはホームレスの一員として一緒に生活することになりました。津山八郎様のことは本人様のご意向により、つやはちさん、と、残りの四名に関しては苗字にさん付けで呼ぶように指示されました。目上の方に指示されることに対して、最初は嫌悪感を抱いておりましたが、段々とそれに慣れていきました。
ホームレス生活を始めて一週間は、五名の方の過去について話を聞かされました。人の話を訊くのは苦手としておりましたが、なぜかこのお方たちの話は、まるでバンド曲のように、すんなりと耳に入ってきたのです。
津山八郎様は、この場を牛耳る前までは、大工として働いていたそうです。釘を口に咥え、頭に巻いた鉢巻きに鉛筆をさす。これがお決まりの格好だったそうです。
舟木一三様は一年間派遣として働いた会社をクビにされ、次も、その次の会社でもすぐにクビを切られ、それに耐えられなくなり、七年前に仕事を辞めたと。
下田竜様と商光彰芳様は同じ工場で働いており、六年前と四年前にそれぞれこの生活を始められたと。結局その工場は商光様が辞めるタイミングで廃業されたそうです。
嵜本憲太郎様は生活に行き詰まり、彷徨っていたところを舟木様に声をかけられ仲間になったと。声をかけられなかったら生きていたかも分からないほどに、社会から追い詰められていたそうです。
どの方も苦労されてきたことを耳にしたわたくしは、たったあれだけのことで大好きな家族と、ドラムと、仲間と別れてしまったのかと、自分のことが馬鹿らしく思え、その場でため込んでいた思いを涙として流しました。人前で涙を流したのは、後にも先にもあの時だけでした。
ホームレス仲間の五人に囲まれた生活は、小学生時代は置いておいて、バンド生活に明け暮れた中学時代、大切な仲間を手放してしまい、どん底に陥った高校時代、たった数か月ですが、その期間を大幅に上回り、人生中で一番の幸せを感じていました。
雨が降られて全身ずぶ濡れになろうが、太陽に照らされて汗が流れようが、決めた場所から移動しなかったわたくしたちホームレスは、ある日起きた事件によって、それまで大切にしてきた定位置を失い、行き場を失ってしまうのです。その事件とは、舟木一三様と嵜本憲太郎様による喧嘩騒動です。