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過去への扉がひらくとき  作者: 成城諄亮
FNo.06 キシモト タカヒロ
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第16話

 鴨田に別れを告げてから、俺はバンドマンになるという夢を諦めて、再び勉強に力を注いだ。ほとんど不良たちで構成されているクラス。俺は完全に浮く存在となってしまったが、勉強する時間が新たな相棒になってくれたために、特には気にならなかった。


部屋の片隅に置かれたギターケース。その上には薄っすらと埃が被さっている。それを見て虚しくなることもあったが、加能がいなければ俺はバンド活動に熱中する意味なんてない。ギターを演奏する意味も、歌う意味もない。そう考えるだけで気持ちも随分と楽になっていた。


 高一の後半からはテストの点数も上がったことで、高二では各学年で用意されている特進コースに入ることができた。一年のときとは別人のようになった俺は、順調に成績を伸ばし続け、学年一位の成績を修めるほどになっていた。やっぱり俺はバンド活動なんかより、勉強に力を入れるほうが性に合っていたのかもしれない。


テストでの成績が上がったことを両親は心の底から喜んでくれていた。「鷹大はやっぱり大学に進学すべき」なんてことを言い始め、最初は軽い気持ちで受け流していたが、言われ続けるごとに気を良くした俺は、より一層勉強に力を注いだ。


 そして、無事に高校を卒業した俺は偏差値の高くない身の丈に合った大学へ進学した。サークルには音楽系のものがいくつもあったが、俺はそのどこにも所属しなかった。ギターの演奏は趣味程度でいい。とりあえずは、そういうマインドで過ごしていたかった。


入学後、同じ講義を受ける人たちに声をかけてもらったが、人のペースに合わせるのが苦手な俺は誰とも友達の関係にはならず、夏休みもバイトと勉強に明け暮れた。溜めたお金は将来のためにと貯金し、無駄遣いもしなかった。これぐらいの生活が今の自分には合っている。俺には贅沢という言葉が似合わない。質素な生活が丁度いい。そう思っていたかったのかもしれない。


恋とも、音楽とも無縁な大学生活を終えた俺は、卒業したのちイベントを企画する会社のサラリーマンとして働き始めた。が、その間、なぜか俺の頭の中からは加能という存在が消えることが無かった。大学生時代なんて、加能のことを思い出すことすらなかったのに。


少しずつ加能が脳裏にチラつき始めた九月中旬。俺はアルバイトで稼いだ給料で新しいピックとアンプを購入。以前なら手が出せなかった値段のものが家にある。まるで夢を見ているかのようだった。


ギターケースから顔を覗かせた、傷だらけの中古のギター。習うにあたり初めてギターに触れたあの瞬間の緊張や感動が蘇る。コードを手で押さえる。


気付いた時には、三十分もの時が経っていた。どうやら俺は、無心になってギターを弾き続けていたようで、指の関節に若干の痛みを感じた。でも、それすらも懐かしい。俺はやっぱり音楽の道を諦めることができないようだ。


 そして就職して二年半が経過したタイミングで、俺は会社に辞表を出した。入社当時に想像していたような仕事ができない、そしてどうしても周りと馴染めず、部長や先輩から怒鳴られることも多々あり、精神的にもやられていた上に、俺には音楽が無い人生を生きることはできない、と改めて気付かされたために、案外すんなりと辞める決心ができた。


このことに対して、親からは反対意見を押し付けられ、そして滅茶苦茶に文句も言われ続けたが、また同じ思いをするのだけは御免だと言って、俺は会社に再就職はしなかった。でも、生活費も必要だし、暮らしているアパートの家賃も払わなければならない。実家に戻ることも検討したが、まだこの地でギターをかき鳴らしていたくて、俺は近くの居酒屋と楽器店でアルバイト生活を始めることにした。


 楽器店でのバイトは、居酒屋に比べると給料は圧倒的に低いが、心身共に潤いをもたらしてくれていた。サラリーマンとして身を削っていた頃よりも、明らかに性格も明るくなった俺は、店に来る常連客四人とバンドを組み、そしてそのメンバーと同じアパートへと引っ越した。


 音楽の道を諦め、一度は勉強に身を入れて何とか大学を卒業し、一般企業に就職したが、二年半でその生活から身を引いた。そして今の俺がいる。その間、片時も俺の頭の中から消えなかった加能。俺にとって加能は夢を与え、そして叶えてくれる存在だった。


アルバイトを初めてもう何年も同じ生活リズムを繰り返している。居酒屋のオーナーからも、そして楽器店を経営する社長からも、「正社員にならないか」と声を掛けてもらっているが、どっちの店でもアルバイトとして働き続けるつもりだ。いつでも加能とバンドを組み直せる状態を保っておきたいから。

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