第14話
あいつの実家、加水様に行けば、きっとまた加能に会える。
辞めたという話を聞いた翌日、俺は直接謝りに行こうと学校帰りに加水様に出向いた。道中、俺の胸はやけに落ち着いていて、特に緊張もしていなかった。
ドアベルが甲高い音で鳴り響くと同時に、海さんが俺に微笑みながら出迎える。
「もしかして」
「あの、加能って」
「それがね――」
海さんの口から聞いたのは、加能が三日前から姿を消しているという話。俺は海さんの発言が真に受けられなかった。海さんが嘘をつくタイプの女性でないことは薄々気付いているが、今回は流石に嘘を言っているようにしか思えなかった。
「嘘ですよね? いるんですよね?」
そう何度も尋ねたが、海さんはずっと首を横に振り続けた。
もう直接加能の部屋へ乗り込むしかない。その一心で家へとつながる扉を開けようとノブに手を掛けた時、その扉から加能の母親である美沙絵さんが出てきた。顔はやつれ、色も青白く、憔悴したその姿を見て加能がいなくなっているのは本当のことだと思い知らされた。
「海ちゃん、今日はお店開けて。それで―」
俺と目が合う。その瞬間、まるで魔物を見たかのような目つきへと変わった。
「岸本鷹大、あんたのせいで!」
その形相のまま、俺は美沙絵さんに首を絞められた。段々と苦しくなっていくその中で、笑顔のまま俺に話しかける加能のことが脳裏に浮かんでいく。
「ちょっと、美沙絵さん。このままじゃ」
弱弱しく倒れ込だ美沙絵さん。俺は激しく咳き込み、荒い呼吸をする。
「美沙絵さん、やっぱり今日も休業にしましょ。そんな状態じゃ、お店開いてもお客さんが気持ちよく呑んでくれませんよ」
海さんは美沙絵さんのことを落ち着かせようと口を開くも、その言葉は一切耳に届いていないようで、俺のことを睨み、そしてこう口にする。
「岸本、あんたのせいで私の可愛い息子が・・・。どうやってこの責任取ってくれるの? あんたには音楽の道で生きる資格なんてない。でも、息子にはあるの。あの子はドラムの才能がある! 才能がないあんたとは違うの! それぐらい学が無くても分かるでしょ!!」
言葉遣い、振る舞いから、加能家の血筋を感じ、思わず身震いしてしまう。でも、ここで、「はい、そうですか」と言って帰るわけにはいかない。だからこそ。
「俺にも、加能のこと探させてください」
俺は頭を下げた。今までで一番腰を曲げ、深々と。
「当たり前でしょ! 汗水垂らして探しなさい!!」
「はい」
俺は小さくも力強く頷いた。怒りに満ちた表情を浮かべている美沙絵さんは、あのときの加能と同じ表情をしていた。
あのように言われてしまった俺は時間が許す限り加能のことを探し続けた。しかし、バンド活動のほうに力を入れ過ぎていたせいで、加能の交友関係までに目を向けたことが無く、どこへ探しに行けばいいのか全く見当がつかずにいた。
こんな思いをするのなら、もっと加能と向き合うべきだった。
中学の頃の関係性を維持したままで高校生活を送っていればよかったのに。鴨田に「付き合ってもいい」なんて言わなければよかった。殴り合う前に想いをぶつけておくべきだった。後悔の念だけが募っていく。今ごろになって過去に戻りたいという思いだけが強くなる。
中二のとき、俺は加能に「俺さ、過去に戻って人生をやり直したいって思うんだよね」と伝えたことがあった。すると加能は少し不貞腐れた顔で、「じゃあ、俺とバンド組むのが嫌ってことか?」と尋ねる。
「そうじゃない。戻って、もっと早いうちからギターとか歌とか習っておけばよかったなって。そしたら、お前ともっといいセッションができるのにって思ってな」
そう俺が言うと、加能は真剣な眼差しでこう答えた。
「過去に戻って人生やり直すのも面白いかもしれねぇけど、何が待ってるか分かんない未来を生きるのも面白くない? これから先の人生、悔いのないように生きることが、君の人生に豊かさをもたらしてくれるかもしれないよ」
この答に対し、俺は「何それ。つまんないこと言うなよ」と軽い気持ちで言ってしまった。正直、加能が言っていることがよく分からなかった。俺の反応を見た加能は「意味が分かる日がきっと来るよ」と微笑んでいた。
悔いのないように生きる。それが人生を豊かにしてくれる。あぁ、加能の言う通りじゃねえか。中二の俺には響かなかったあいつの言葉が、頭の中をぐるぐる巡る。
神様、俺にチャンスをください。過去に戻るというチャンスを、一度だけでも。