第11話
俺は色んな字体で落書きされた廊下の壁に凭れかかる。雨の降る外を眺める鴨田が、寂しそうに口を開いた。
「加能ってさ、あんな人だったんだね」
「え? どういうこと?」
「私の勝手なイメージだけど、加能はバンドに対する熱量が誰よりも強くあって、バンドやドラムに尊敬の念を持ってる人だと思ってた」
「あぁぁ。なるほど」
「でも違ってた。傲慢で、自分勝手で、何に対しても自分が一番だと思ってる。他人のことなどどうでもいい。そんな感じだった」
確かに、鴨田の言う通りだと思った。純粋というか、楽器とバンド仲間に対しても一途だった中学の頃とはまた別の人格になってしまった加能。今となっては、バンドに関して話しているときも楽しそうじゃないし、俺のことなどどうでもいい感じがしている。しかも、何か上手くいかないことがあれば烈火のごとく怒鳴り散らす。俺はもう、加能の顔色を窺い続けることに飽き飽きしている。
バラバラと音を立てながら雨粒が窓に付き、やがて大きな雫となって下に落ちていく。
「あのさ、鴨田ってバンドとかに興味あるの?」
「ん~、まぁまぁかな。あ、もしかして私を誘うつもりだった? へへ」
「んなわけないだろっ。鴨田に期待してたわけじゃないし~」
「なにそれ。エヘッ、意外と岸本って可愛いとこあるんだね」
「ちょっと、俺のこと揶揄わないでよ」
俺と鴨田は見つめ合い、ハハハと笑い合う。空は曇っているのに、心は晴天に恵まれている。そして耳元と頬は赤らんでいった。
「あのね、私が二人を見に来たのには、ちょっとした理由があってね」
「あぁ、俺らの演奏聴きに来たんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどね。それ以外にも理由があったからなんだ」
「え、何? どんな理由?」
「私ね、すごく欲張りだって自覚はあるんだけどね、加能と岸本の二人ともが好きなの」
俺の目は意図せずとも開く。鴨田は静かに微笑む。
「それでね、どっちが私に似合う男なのかなって判定に来たの」
「そっか。それで答えは出せたの?」
「演奏聞いてね、導き出したよ。私の彼氏になってほしい人をね」
なぜか俺の胸はドキドキと音を立て始める。静かにしろと胸を叩いてみても言うことを聞かない。
「私が付き合いたいと思ったのは、岸本だよ」
予想していなかった返答に、変な声とともに驚きの反応をしてしまった。すると、鴨田はフフッと口元を押さえて上品に笑う。
「そういうことだから。ねぇ岸本、私と付き合ってくれる?」
この、ちょっとした恋心が、俺と加能の関係性を崩すこととなる。