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過去への扉がひらくとき  作者: 成城諄亮
FNo.06 キシモト タカヒロ
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第10話

 ドラムとギターの演奏音に紛れるかたちで、落書きされた音楽室の扉が開く音がした。


「ねぇ、演奏聞かせてよ」


そう言って、突然俺と加能に声をかけてきた女子生徒。黒髪ストレートのボブで、銀色のイヤリングが光る右耳には髪をかけていて、わざわざ見せつけているような感じだった。


「人に演奏聞かせるほど暇じゃねーの」


中学生の頃は穏やかだった俺の口調も、いつの間にかヤンキーのようなものになっていた。多分、加能の影響とおかれている環境に原因があるのだろうが、今のところ、直す気もなかった。


 加能とセッションするためだけにこの部屋に来たのに、邪魔されるなど以ての外。そう思っていたとき、「いいよ、ちょうど新しいの演奏しようとしてたところだから」と、珍しく加能が口角をあげて答えた。


「は? いいのかよ」

「だって、普段俺らの演奏聞きたいなんて人いないだろ。観客は今のうちから増やしとかないとな」

「そうかもしれねぇけど、正直邪魔じゃね?」

「女子にそういうこと言うもんじゃないぜ」


今まで見たことが無いような表情を見せる加能。にんまりとした表情は、あまり好きとは思えなかった。でも、今の俺は加能の意見に反対することはできなかった。反対すれば絶交だと脅されているから。


「・・・加能が言うなら仕方ねぇな」

「やった」


 胸がドキンという音を立てる。


素直に喜ぶ彼女を見た瞬間、俺は心を鷲掴みにされていた。


 みるみるうちに彼女のことが気になって、俺は加能よりも先に「ねえ、名前何て言うの?」と尋ねた。


「鴨田京香。高三。一応あんたらの先輩になるんだからね」

「なんだ、年上かよ」


そう言って残念そうにする加能に対し、俺はとっさに謝った。すると鴨田は「いいよいいよ。先輩だけど鴨田って呼んで。あんたらになら苗字呼びされてもいいや」と悪戯に笑った。俺は軽く頷いて、加能の顔を見る。ワクワクという感情に満ちた表情をしていた。


 加能が床を指差し、「じゃあ、そこ座って」と平然とした態度で伝える。そこに足を広げて座った鴨田。ヤンキーっぽい雰囲気を漂わせていた。


「岸本、やるぞ」

「おう」


 俺と加能はロックバンドの一曲を披露した。その間、一切表情を変えずに聴き続けた鴨田。俺は知らない曲だったらこんな表情になるよな、としか考えていなかった。


「カッコいいだろ?」


加能は不慣れな手つきでドラムスティックを回転させながら、自慢げに聞く。


「何言ってんの? カッコよくないけど」

「え」


思わぬ解答に口を揃えた。カッコいいと言われると勝手に思い込んでいたために、鴨田の意図するところが掴めず、益々気になってしまう。


「何か勘違いしてるね。自分たちがカッコいいなんて自賛してるようじゃ、まだ早い。それに、二人とも上手くないよ。歌は上手いのに演奏で損してる。一日どれくらい練習してるか知らないけど、聞いてる感じでは、ドラムが先行して、それをギターが必死に追いかけてる」

「ちょっ―」

「何だろ、息を合わせようっていうのが感じられないっていうのかな。ねぇ、二人に訊きたいんだけどさ、本気でバンドと向き合う気あるの? やる気あるの?」

「いい加減にしろよ・・・! 部外者が俺に対して文句言うんじゃねぇよ!」


 加能の堪忍袋が弾けた。


「俺は、演奏ができない岸本とは違う! こんな奴と一緒にすんな!」


怒りに熱が加わり、加能の口調はさらに強くなっていく。


「俺はドラムを始めてからもうすぐ十年になる。ギターやり始めて三年の岸本と一緒にされたくない。俺は俺。岸本は岸本。所詮他人なんだから、合わせるも何もねぇよ」

「あんんた、本当に分かってないね。いい? バンドっていうのはね―」


 加能の発言に負けじと鴨田は反論するが、やはり加能に負けた。結局、鴨田はその場で大粒の涙を落としながら泣き出した。まるで子供のように。


「お前、もういいだろ。それ以上言ったら自分自身まで傷つくぞ」


俺が加能の肩に手を乗せようとするも全力で振り払い、逆に力強く腕を握ってきた。


「さっさとこっから出てけ!」

「言われなくてもそのつもりさ。俺は加水様でお前のこと待ってる。気が落ち着いたら来い」


 俺は握られた加能の手を解き、その手を鴨田に突き出す。握り返された手は熱く、震えていた。

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