魔物を殺した勇者の話
見慣れた道を歩く。歩き続ける。纏わり付く空気を押し除ける。あの日から、彼は歩いている。誰も見ていない。誰も見ていない。
神など居ても人の思いなどで動かせるものではない。彼は常に笑顔だった。剣を振るう。粗削りな剣筋は敵の胴につかえ、血の染み付いた鈍が血肉を踊らせる。小鬼の攻に蹌踉めきながら声を出し相手の命を断ち切らんと踏ん張る。道場を追い出された時も、騎士団員に罵倒された時も彼は口角を上げ続けていた。母親の言葉は呪いとなり彼の顔に張り付く。赤が彼の視界を染めた。
粥が六腑に染み渡る。布を巻き鞘を垂らした彼を見る者はいない。ダレモキョウミガナイ。少しずつ、少しずつなくなっていく金の対価を口に運ぶ。もういない誰かに思いを馳せるように、空のボウルを見つめながら彼は軽くなった袋を持ち店を出る。金属の擦れる音はもう聞こえない。もう一度、あのステーキを食べたいなと、彼は山へ赴く。彼の火をつける燃料は、もう無いに等しかった。
どさり、と倒れる。気分の悪い液体が身体中に蔓延し、口から鋭い味の液体が垂れる。不必要な好奇心と不足している知識は身を滅ぼすと、何度も経験したではないか。命を繋ぐためには致し方無いと割り切り、焦点の合わない目で目の前の傘に目を合わす。そのまま遠くへ投げると、彼は何かを掴もうと手を伸ばす。懐かしさと輝きが入り混じり、彼はそのまま意識を手放した。
とぼ、とぼと歩く彼は粘液動物を探していた。生活をするため、生きるためには金が必要だ。普通というのは普通の人生の後に訪れる幸、それを享受できるほど彼の生は平坦ではなかった。ふと、空を見上げる。そこに飛ぶ魔物に目が行った。脳裏に焼きついた記憶が思い起こされる。燃えた家屋、散らばった血と肉、姉と一緒に逃げ惑った。黒くなった村を見、家の位置にいた黒いヒトガタを見て全てを悟った。腕に重い障害が残った唯一の家族と生きていくと近い、慣れない土地で訓練依頼雑用、金が手に入るならなんでもやった。仮眠をとると言った君が起きなかったのはいつだっただろうか。その日から復讐が理由になった。それが目の前にいる。彼は、声を上げ笑う足を押さえながら剣を投げた。
手が、消えていた。蠅を見るような欝陶しい目で見下ろす。足に穴が開く。崩れ落ちながら彼は、それでも喰らいつくように前に這おうとする。
突然、後ろから声がした。助けなのだろうか、彼よりも強大な力を感じた魔物は声の方を向く。もう少し早ければ、そんな思いを抱きながら彼の意識は暗転した。
目を開ける。目覚めた彼を見下ろす人達は涙を流していた。其の内の一人、金髪で鎧を着た男は勇者であるらしく、彼が教会にて蘇生魔法をかけたこと、魔族は打ち滅ぼしたので何も心配は要らないことなどを話しその場を去った。
彼は膝から崩れ落ちた。今までの無念、怨みなど晴らされるわけもなく、澱んだ感情が彼を飲み込む。雫が溢れる。どうして俺じゃ無いのか、どうして無関係な彼なのか。そんな問いを永遠と繰り返す。
日が照り出した時、伽藍堂は呟く。
「俺もそっちに行くよ」