算数ダンジョン
どうやら制限時間は存在しないらしい。文字どおり裏を返せば、正解が出せればそれだけ大したものだということに他ならない。
「残ったのは俺たちだけになってしまったな」
「えっ……?」
妙な仲間意識でも芽生えたのか、ここで1人の青年が声をかけてきた。青い長髪に浅黒い肌──、ところどころ穴の開いたスリーブレスベスト──、毛皮のブーツ──、元いた場所の住人とは明らかに違う雰囲気を間近で感じ、やはりここはゲームの世界なんだと思い知った。それならそれで、なんで言葉が通じたり文字が読めたりするのかといった疑問も浮かぶが、良くも悪くもそこはプレイヤーに合わせた仕様なんだろうと納得することにした。それよりも深刻なのはこっちのほうである。
「この問題の答え、キミは何になった?」
「……えっと……」
返事できるはずがなかった。相手がどんな値を導いたか、それとなく引き出さなければ──。心臓のバクバクをなんとか抑えながら、
「すみません……まだ、なんにも閃かなくて……。緊張しすぎててさっきの正解すら忘れてしまいました……」
嘘八百ながらも「緊張」の行は本当である。いや、それはもはや恐怖にも等しい。真綿で首を絞められる感覚というものをこの歳で知ることになるとは考えもしなかった。願わくは早く見限ってほしい──いい加減退場させてほしい──。ヘドロのごとく負の感情に苛まれるなか──、
「そっか──。そんなに取り乱してたのか──。気づかなくて悪かったな」
それを知ってか知らでか、相手はあっけらかんと笑って、「これまでの正解は、1階が『21840』で、2階が『670』、3階が『32と32・48と24・24と48・272と17・17と272』だったな。どうだ、記憶は戻ったかい?」
「は……はぁ……」
そんな数字、出てくるわけがない。第一、そんな答え、あんなわずかな時間でどうやって導きだしたというのか──。さりげなく答案を教えてもらうつもりが、こうも饒舌になるとは予想外だった。そのうえ──、
「ちなみにこの4階の答え、俺は10000を超えてるんだけど、キミはどう?」
「えっ……と……」
こんなことまで喋ってくれるなんて──。ありがたさ半分、言い知れぬものもひしひしと感じた。笑みを浮かべつつも、まるで隙のない様もどこか不自然だ。