『三日月』
「満月で無くても良い。三日月で十分さ。」
と、彼は月見団子をかじる。
今日は中秋の名月でもなく、
スーパームーンでもない。
でも、ふと、月を見たくなった。
思えば、彼が私を口説いたのも、
こんな何気ない、
三日月の夜だった。
その時は、頭がパンク状態で、
今思い返すと、何て口説かれたのかも覚えてない。
でも、その口説き文句を彼が言った時、
ふと、空に目を泳がせた私には、
三日月が仰ぎ見れた。
せっかくの口説き文句は覚えてないのに、
そんな、どうでも良い事だけは今でも頭に残ってる。
ホント。バカなんだから、私。
「オマエも食べなよ。
例え三日月でも、
月見団子に晩酌ってのはオツなもんだぜ?」
と、彼が、私にも月見団子と、
極上では無いけど、
そこそこ美味しい安物の日本酒を渡して来る。
「ね?
そういえばアンタが私を最初に口説いた時も、
こんな三日月だったよね?」
と、彼がその時に言った口説き文句を教え直してくれないかと、
期待を寄せて、何気ない風で聞く私。
「うあ?
う…う~ん…。
あの時って、こんな三日月だったか?
オレは、あの時は、必死だったからよぉ。
オマエを逃してなるものかって、いっぱいいっぱいで、
月なんて見てる余裕もなくて。
せっかくの口説き文句だったはずなのに、
一言も、何言ったか、今じゃ思い出せねぇんだ。
オマエこそ、オレが何言ったか覚えてねぇのかよ?
彼氏が言った、必死の口説き文句なんだしさぁ?」
と、私より更に上手の彼。
中秋の名月でもスーパームーンでも無い、
何気ない三日月の夜。
でも、私たちには、
このくらい何気ない月空の方が良いのかも。
これからも、こんなにも愛しい何気ない生活が続きます様に…。