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F・M(フェイシャル・ムック)の怪 中編

 ──って、いた!!  


 なんだかんだと、あれこれ理くつをコネながら私は検索していた。そして何十と


ならぶ小さな写真の中から、ほぼ一発で彼女を発見した。嘘だろ!?と声にだして


いた。ウーロンわりをグイと飲みほし、私は彼女の写真をクリックした。かん違い


に決まっている。そんなはずはない。そう思いながら。


 だが、彼女はそこにいた。そして画像の彼女は想像以上に美しかった。より落ち


つきをもつ、おとなの女性となってそこにいた。頭の中に、二十代から三十代、そ


して四十代となった彼女の加齢のプロセスがうかぶようであった。


 こんなこともあるんだな。バカまるだしであるが、私は気分がうき立つのを感じ


ていた。とりあえず、さしあたり、彼女もまたおそらくは、独身であるらしいこと


が嬉しかった。名字が当時のままであったから。むろんバツ一の可能性はあるが。


 記事や友人とのやりとりに、さして目をひくモノはなかった。どちらかといえ


ば、とりとめがなく、かりに私が彼女の友人だったとしても返信コメントに困るだ


ろう。そんな印象をもった。サッカーのファンらしい。あのころにはそんな話がで


なかったから、私の知らない誰かの影響をうけたのだろう。


 りちぎに書かれた彼女の職歴を見て、思わず胃のあたりがキュッとしぼられる。


『ブライダルサロン○○』にてコンサルタントとして六年間勤務。退職後、現在、


『△△電気株式会社』勤務。


 そうか……がんばったんだな。夢を、とにかく夢をかなえたんだな。えらかった


なあ、と私はいってあげたかった。


 十五年前、あのころの彼女の真剣なまなざしが私の胸いっぱいにひろがった。


私は三十をすぎたばかり、彼女は二十代なかばにさしかかかるころ。私は、恋にお


ちた。私たちは、ではない。あくまでも私は、である。工場の仕事もおもしろくな


りはじめたあのころ。それなりの仕事をまかされ、アイディアとプランが採用さ


れ、そこそこの成果をあげたことでクライアントから飲みに誘われ、一軒二軒とわ


たり歩き、終電が終わるころに入ったのがあの店であった。そして隣にかけたのが


彼女であった。まあ、なんのことはない、キャバクラである。0の数が違うよ! 


などという高級店ではない、ごく普通の店であった。


 彼女はあまり話をしなかった。おとなしいね、というとそんなことはありません


とキチンとこたえた。しかし、ただの人見しりなのだということはすぐにわかっ


た。なれてくるとけっこうな饒舌じょうぜつで、回転がはやく頭がいいのが見てとれた。


少しばかりもちあげてみると、本気で照れているように見えた。


 トイレにいこうといわれた。別にいきたくないというと、私がいきたいからつき


あえといわれ、ちょっとエロい妄想がよぎった……が、トイレにひとりで押しこま


れて彼女の意図が見えた。鏡にうつった私の右目には、恥ずかしい目ヤニがついて


いたのだ。席にもどり彼女に礼をいうと、なんのこと? そうごまかしてはいた


が、嬉しそうに笑っていた。


 こうして今、四十になる彼女の画像を見ているだけでさまざまな記憶がよみがえ


ってくる。


 あれから私はあの店にひとりで通うようになり、常連とよばれるようになり、や


がて店の女の子よりも出勤率が高いなどといわれるようになっていた。


「そんなに私を好きになったの?」

 

 冗談めかしていう彼女は、場を盛りあげるため、ずにのるなよ!的な私のこたえ


を期待していたのだろう。しかし私は、素直にうん、好きになったとこたえた。あ


のときの彼女の驚いたような、とまどったような表情は忘れられない。(単に困っ


ていただけなのだろうが)


 彼女に会いたかった。会えば会うほど、また会いたくなった。好きな小説、好き


なスポーツ、好きな映画、好きな歌、好きな音楽、好きなアニメ、話はつきなかっ


た。家族のこと……彼女はつねに父親がきらいだといっていたが、本当は大好き


で、姉よりも愛されたいと願っている。私はそんな風に感じた。ふだん実年令より


もおとなびて見える彼女が、このときばかりは、うわ目づかいでなにかにおびえる


小さな少女のように見えた。そのギャップがまたいとおしく、かわいいと思った。


 かわいとはいってくれるけど、きれいだとはいってくれないね。少しだけ不満気


にいわれたことがある。むろん私は、きれいであると思っていた。ただ一度さいそ


くされてから口にするのは嘘くさい気がしていえなかった。


 店のシステム上、他の席で指名されれば彼女はそちらへいく。私の席には代わり


の女の子がつく。その店ですでに私は有名人だったから、他の女の子も気楽にせっ


してくれた。私も下心がないので、ある意味、彼女と話すより楽な場合もある。別


の子と大いに盛りあがり、わはははと高笑いしていたらなにか視線を感じた。よそ


の席についた彼女が私を見ていた。なんとなく、私は口をつむってしまった。


 別なとき、他の子がいちおうね、とおいていった名刺を手にとり、彼女は私をに


らんだ。


「電話番号書いてあるね?」 


 私はうなずいた。ふつうのことだから。


「彼女、顔が小さくてかわいもんね」


 ところが、あきらかに嫉妬しているような発言。


「どーせ私は顔、小さくないですよ!」 


 なんだか怒りはじめた。しまいには名刺を両手で引きさく仕草までする。そして


私が、どうぞ、というと彼女は本当に名刺を粉々に破りすてた。なんだか怖い気も


したが、彼女に対し、少しずつ手ごたえを感じはじめたころであった。


 しかし、である、そんな態度も見せるくせに、店外デートは断られ、帰りに送る


と誘っても断られ。イライラとしてしまうこともあった。私のイライラを敏感に感


じとるたび、彼女は不快そうな顔をした。


「そーゆートコ、うちのお父さんみたい」  


 私はその表情を見るたび反省し、思いなおす。こんなに好きになれた女は生まれ


て初めてであったし、キスですらしていないのに気の早い話だが、結婚するなら彼


女しかいない。そう思いはじめていた。三十もすぎ、仕事も軌道にのりはじめた。


私は結婚したかった。時間はかかっても必ず彼女をとめる、私はそうなる


ことを願い、信じていた。


 ところで、彼女の夢は結婚アドバイザーになることであった。そのために心理学


や結婚式そのもの、結婚生活についての勉強をしていた。


 今はお金をためて、自由に動ける時間を作りたいの。つてはあるのかと聞くと、


ないよとこたえた。そのつてを作るためにもお金をためなきゃ。だから今は人の結


婚のことで頭がいっぱい、自分の結婚なんてまるで考えられないや。  


 二十代なかばでつてもなく、独学だけでなれるモノなのだろうか? 結婚アドバ


イザーって。私には疑問であったが、応援するよとこたえておいた。


 結婚するなら彼女しかいない。私はつねにそう考えていたから、ふたりの温度差


は歴然としていたが、一年後、二年後には考え方も変わるだろう。特に女性の場合


は。


 私は彼女の真摯しんしな思いを軽く考えすぎていた。


 夏のおわりが彼女の誕生日だった。私はこのとき、けっこうがんばった。近所の


店でかわいいケーキを買い、事前にキャバクラの店長にわたし、彼女が席について


から一時間後にだしてくれるようたのんだ。ケーキで祝うのにふたりきりというの


もさみしいから、私をその店に連れてきてくれたクライアントにたのんで一緒にき


てもらった。彼とは何度か店ではちあわせしていたから、たのみやすかったので


ある。


 彼と彼の指名する女の子、そして彼女と私、四人でワイワイとバカ話をしている


と、とつぜん照明が落とされ、店のBGMがハッピーバースデーに変わった。私は


そこまでたのまなかったから、店長が気をきかせてくれたのだろう。つづいてロー


ソクに火のともったケーキが入場。まっすぐ私たちのテーブルへとむかってく


る。彼女はおそらく眉根まゆねをよせて私を見ていただろう。照れくさいので私はソッ


ポをむきながらローソクの火、消してといった。彼女はひとつうなずいて、あかりを


ふき消した。照明がもどると店中から拍手がおこった。


 彼女は、恥ずかしいなぁ! もう!!と私をにらみながら、でも、とても嬉しそ


うに見えた。


「泣いちゃった? 泣いたでしょ?」  


 クライアントの彼が彼女をからかう。


泣かないよ! これくらいじゃ! 彼女はムキになって反論したが、私は気がつい


ていた。ローソクの灯りが消えた一瞬、彼女がまぶたをぬぐう仕草をしたことを。


 「今日、俺、いない方がよかったんじゃない?」 


 帰りのタクシーの中でクライアントの彼がいった。


「あの流れならいけたでしょ、ふたりきりならさ」  


 私は首を横にふった。


「こっちから追っても逃げるだけなんですよ、彼女。一度だけ店外デートもしたん


ですけどね。超、盛りさがりましたよ。彼女、ほとんどしゃべらなくて」  


「へえ、店じゃけっこう話すよね?」 


「なれた人とだけです」  


「なれてるでしょ? 君は。間違いなく」  


「ええ、店の中じゃ」 


「どう違うのかな?」


「さあ……でもあせると逃げてくんですよ、きっと。時間のかかる、めんどうな子


なんです」


「はは、お父さんみたいだな。でも、ケーキと、プレゼントのネックレス、手製の


カード? 本当に嬉しそうだったね、彼女」 


 お父さんみたい、は引っかったが私はうなずいた。カードには彼女の似顔絵を描


いた。とても美人に。喜んでもらえたという確信はあった。


「ま、果報かほうは寝て待ちますよ」  


「余裕だね」  


 私は笑った。……が、本当は余裕などなかった。まるでなかったから、実はこの


誕生日にかけていた。あの店に通いはじめて約半年間、私はなけなしの貯金100


万と少しを完全に使いはたしていた。今後も同じペースで彼女に会うためにはサラ


金にでも手をだすしかなかった。私の給料では、月に一度か二度がやっとだろう。


それから睡眠不足。早朝よりの工場勤務にくわえ、深夜のキャバクラ通い。まだ仕


事に支障をきたすまでにはいたっていないが、正直、心身ともに限界だった。


 翌々日、めずらしく彼女から電話がきた。店にでる前に会いたいといってきた。


誕生日のお礼もちゃんといいたいからと。むここうからの誘いは初めてのこと。


 やった! 私は喜びいさんだが……その日の夕方は、どうしてもはずせない打ち


合わせがあり……昔からこうだった。本当に望むことの場合はとくに、タイミング


のはずし方や運の悪さが絶妙だった。どうでもいい自動販売機のクジのジュースな


んかはやたらとあたったりするのに。


 その日の夜、私は当然、店にいった、期待感で胸はいっぱいであった。だが、金


曜日の夜であったせいか、満席で入れない。顔見しりの店員がすまなそうにあやま


ってきた。まあ……どこまでもツイてない。が、彼は彼女を店の前に呼んでくれ


た。私は親切に感謝した。


 現れた彼女は、口をモゴモゴと動かしていた。なにを食べてるの? 笑いながら


たずねたが彼女はこたえず、口の中のモノを飲みこむ。


「悪かったね、仕事あってさ。なにかあった?」


 彼女は目をふせていたが、やがて、思いきったように顔をあげ、私をまっすぐに


見た。


「どうしたの? こわい顔して」  


「私、今月でここやめることにしたの。で、それで……」  


 彼女は口ごもった。


「そう。やめてどうするの?」


「夢があるっていったでしょ?」  


「結婚アドバイザー?」


「うん、私、夢にかけてみることにしたの」


「そうか。やってみるんだ? いいね。あ、男の意見が必要だったら、いつでもい


ってな」


「………」  


 彼女は黙ってしまう。私は不意に胃のあたりに重さを感じた。  


いやな予感がした。


                          (後編につづく)


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