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F・M(フェイシャル・ムック)の怪 前編

 ○○さんがF・M (フェイシャル・ムック)に登録しました。というメールがこ


こ二、三日の間に二回、ふたりからきた。ひとりは同僚、ひとりは会ったことはな


いがネットオークションで知りあい、その後はメールで個人的な売買のやりとりを


させてもらっているだけの人。


 ようはこの人は登録されましたよ、だからあなたもいかがですか? F・Mに入会


しませんか?という勧誘メールであるのだが、もともとなんの興味もなかったか


ら、F・Mの意味すらわからなかった。


 しかし一通ならともかく、立てつづけにメールがきたせいか、妙なモノでF・Mと


はなんぞや?と関心をいだきはじめた。昼休みにメールを送ってきた同僚に直接あ


って、こんなのきたけど?とたずねた。     


「あ、いっちゃった? 悪い悪い。アレ、勝手にいくんだよ」  


 勝手に送られるメールって? いいのか? それ。


「いずれにしてもF・Mははじめたんだ?」


「そう、今時、F・Mくらいやってない人間とはつきあえないなんて、取引先でいわ


れちゃってさ……本当はやりたくないんだけどね」


 ほうほう。彼は同じ社内にいるとはいっても大企業むけの営業職。工場の管理者


である私とは基本的に相手をする人間の人種が違うらしい。


「俺、一度、会社つぶしてるじゃん? 借金にまみれて、二度と表舞台には立ちま


せんから、なんて頭さげまくって金をまけてもらったりもしたから、今さら顔も名


前もだせない……だしたくないんだよね」


 彼は輸入品をあつかう自分の会社をもち、景気のいいときには外車を何台も乗り


まわし、遊びまくっていたと聞く。しかし数年前にかたむき、ついには倒産。私の


勤める会社に中途入社してきた男である。


「ようは身分証明書なんだよな。ワタシは公明正大、誰に顔を見られても素性を知


られても困ることはない真っ当なビジネスをしております、ってな」


 なるほど。しかし世の中に、たたいてホコリのでない人間なんてひとりだってい


るのだろうか? たとえば、昔すてられた男(女)とか、小さな交通事故とか、子供


のころのうらみとか……。最近話題のいじめ事件の加害者の親だという人のF・Mな


ど散々なことになったとなにかで聞いた。まあ、よくわからない世界である。私は


彼にF・Mでなにができるのかをたずねた。


「友達登録すればメールができる。簡単な記事や写真ものせられるってトコか」


 普通にメールすればすむ話じゃないか? 実名でブログやってるようなモノ?


「F・Mは夢をひろげるビジネスツールだという人もいるぜ」  


 夢をひろげる?


「普段、なかなか思ったことを口にできるモノじゃないだろ? 自分にはこんな夢


があります。こんな風な仕事もやっていきたいです。口にはだせないけどF・Mに書


きこむことはできる。この一文を不特定多数の人間が見る、興味をもつ者もいるか


もしれない。実名で、社会的立場もあきらかなんだから、リアルにチャンスをくれ


る人がでてくるかもしれない」


 そんなのは……。


「そ。こんなのよほど名の知れた人間か、あるていど地位のある人間にだけにおと


ずれるチャンスだし、そんな人でも可能性は、ほぼゼロな気がするよな」


 ゼロとはいわないがかぎりなくゼロに近いような……。


「知ってるか? ウチの会社でも何人かやってるし、工場長の知りあいでもやって


るやつ、けっこういるよ」


 へえ。


「でもさ、つまらん近況報告だったり、料理の写真のっけたりだからさ、F・Mがビ


ジネスツール的な意味あいだっていうんなら、活用できてるやつなんてひとりもい


ないんじゃないかな」


 ありがとう、と笑って同僚と別れた私は、立てつづけにきたメールの意味も理解


したし、使いこなすためには仕事もオフタイムも充実していて、さらなるステップ


アップをのぞむ人間だけなのだろうと理解した。仕事はつまらないし、休日は寝て


いるだけの私には、どうやら使う資格がないらしい。なんとなくではあるが、午後


からの仕事のやる気が少しそがれたような気がした。


 あれから、たまに似たようなメールがくることが何度かあった。ほう、あいつも


登録したのか。誰だ? こいつは。どうやら仕事の都合で一、二回メールしただけ


の人間からもきてるらしい。むろん顔なんて知りやしない。たいていはそく削除、


ごしゅうしょう様。しかし、これはネットに監視をうけているようで、なにか腹立


たしいような気がした。


 私は工業金物製作工場勤務の四十五歳。妻なし、子供なし。恋人なし。名刺の肩


書きは工場長であるが、つくれといわれた物をつくっているだけで、現在の作業に


はなんの独創性もない。そりゃ、つくれといわれた物を緻密に正確に製作すること


にかけては、ほこりと自信を感じないこともないが……。なんのおもしろ味もない


仕事、そして生活であると感じている。かつては新企画を会社に提出したりして、


ハツラツとして働いていた時期もあったはずであるというのに……。


 またF・Mからメールがきた。仕事もおわり、自宅でほろ酔い気分でいるときだっ


た。削除しようとして、ふと手をとめた。たまたまネット動画で昔のロック歌手の


映像を見ながら、ロックやりたい!といっていた小学校の同級生のことを考えてい


たのだ。当時、私は歌謡曲くらいしか聞かなかったのだが……彼、タケシ君とは一


番仲がよかった。私が転校したせいでそれっきりになってしまったのだが……。


 なるほど。私は無料であることを再確認し、F・Mに登録をした。しかし、酔って


いることは自覚していたので、名前と年齢以外、よけいなプロフィールはいっさい


書きこまなかった。それでも問題なく入会はできた。入会すると登録している人を


検索できることは知っていたので、さっそく彼の名前をローマ字フルネームで打ち


こんでみた。当然であるが同姓同名、何十人もヒットした。写真つきの人もいれ


ば、私のように登録しただけらしい人もいる。しばらくひとりひとり見ていった


が、それらしき人は見つけられず、あきてもきたので断念した。


 バカらしい……誰かほかに探してみたい人間、いなかったろうか? これでは


登録した意味がない。


 ──いた。


 私が人生で一度だけ本気で結婚したいと思った女。とはいえ、あれから十五年


になる。かがやくばかりの美しさ(あくまで私の主観である)であった彼女も、も


う四十か……。見たくもあり、見たくなくもある。だいたい結婚していないわけ


がない。名字が変わっていたら検索してもむだに違いない。だいいち十五年もあ


ってない女性の検索をすること自体がどうなのか? 犯罪ではないが、なにかキ


モい気がしないか? 


 

 ──って、いた!!


                            (中編につづく)

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