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祖父と里世 前編

 あのころ、あたしは大学生だった……。笑えるくらい守られた大学生だった。




 なぜ、これほど()かれたのだろう?


骨董屋(こっとうや)の店先にむぞうさに積みかさねられていた古い写真。


一枚、一枚が透明のビニール袋に入れられてはいたが、古いというだけで、なんの


価値もなさそうな白黒写真。そんなものが、そうそう売れるはずもなく、店先の格


安ワゴンセール品として、毎日、屋外にだされ、毎日、店内にしまわれつづけ、た


まに興味をだいた客がいたとしても、大切にあつかうわけもなく、ビニールも痛


み、日あせも年々、ひどくなっていったのだろう。


 その一枚が、たまたま一番上にあったこと、たまたま曇天(どんてん)でグシャグシャ


によれたビニール袋に日の照りかえしがなく、中が見えやすかったこと。そしてな


によりも、たまたまあたしが一週間前に男と別れ、彼と顔をあわせたくなくて大学


からの帰り道のコースをたまたま変えたこと。変えたのに、遠目に女づれの彼をた


またま見つけてしまったこと。楽しそうに話しながら、どんどん近づいてくる彼ら


からの逃げ場を失い、たまたまかたわらにあった骨董店の前に立ち、たまたま手に


した古い写真のたばを熱心に見入るフリをしたこと。たまたま、たまたまのつみか


さねがあって、今、あたしの手の中に、この写真はある。


 確かに心惹(こころひ)かれたことは間違いないのであるが、入院中の祖父のお見舞いに、


毎日いかねばならず、バイトもままならぬ身(実は彼と別れた理由の根っこはそこ


だ!)もしも百円以上だったら、絶対、買ったりしなかったはずだ。


「150円」の表示から強引に50円の値引きを承諾(しょうだく)させられた店のオヤジは、


百円ていどでなにを話すの?といった顔で、写真の入手経路について多くを語って


くれなかった。バックの風景はこの町のどこかで、人物もこの町の誰か、だそう


だ。


 あたしは、おじいちゃんのお見舞いへと歩きながら、この町のあちこちの風景を


思いうかべた。自慢じまんじゃないがあたしは、この町をはなれたことがない。こ


の町で生まれ、この町で育ち、小中高に大学まで!! ご町内でまかなわれてい


る。


 友達はいちように町を出たい、というけれど、あたしは、そうは思わない。


あたしが生まれる前は村だったこの町が、大学がきて、地下鉄が開通したこと


で、人もふえ、さ来年あたりには生意気にも市に昇格すると聞いている。あたし


は、日々、変わりつづけるこの町を見ていたい、見つづけたい。そんなふうに思っ


ている。


 だからかな……別の県からきた彼と別れたのは。だって、まかり間違って、結婚


なんてことになったら、あたしはたぶん、この町にいられなくなるもの。


 涙がでた。あれれ……まだダメージあるんだ。自分でもビックリだよ、マジで。


 そんなわけであたしはけっこう、町をすみずみまで知ってるつもりだ。まだ、祖


父が元気なころ、とも働きの両親のかわりに、自転車でどこへでも連れていってく


れた。川や野山、古い神社や、お城の跡。小さなデパートの屋上の遊園地とか。


 あたしがこの世に生まれおちて、たかだか二十年たらず、今も変わらない風景も


ある。すっかり変わってしまった場所もある。そして、この写真の風景は、あたし


の頭の中のライブラリーにはない。本当にこの町で撮影された写真なのかは、実に


あやしいものだ。


 (はな)やかに咲きほこる大ぶりな桜の花々。舞いおどる花吹雪。奥の方でシンと


たたずむ、わらぶきの屋根。そして中央に立つ、モンペ姿の女性。美しい──のか


どうかはわからない。粒子があらいし、かなり黄ばみがあり、汚れてしまっている


から。しかし、桜吹雪の中の彼女は不安気で、(はか)な気で、まるで花びらの中に


消えいってしまいそうに見える。モノクロ写真である上、肌の露出などまったくな


いのに、ゾクリとする女の色香を感じた。こわいくらいに。


 戦前か、戦時中かなぁと骨董屋のオヤジはいっていた。戦前、戦時中……あたし


にとっては、晴れた日があったなんて信じられない、モノトーンの時代。おじいち


ゃんが、元気なら教えてくれたかもしれないな。十九で終戦をむかえたっていって


たっけ? 確か、どこかの国の戦地で。十九、あたしと同じ年。彼……あたしの元


カレと同じ年。アイツが軍服着て戦う姿なんて想像もつかない。ただ調子がいいだ


けのヤツ……。




「おじいちゃん!」 


 祖父の病室に入ったあたしは悲鳴をあげた。誰もいない。今の祖父はひとりでは


歩けない。それどころかろくに見ることも、話すことすらもうできないのだ。ここ


にいないとすれば、それは……いやな予感が胸をよぎる。


「おう、きてたのか?」


 え!? 


「おじいちゃん!!」 


 嘘~!! 祖父は二本のか細い足で立っていた。


「今日は気分がよくてな、散歩としゃれこんだ」 


 しゃれこんだ、じゃないわよ!! おどかすな、じじい!


「と、とにかく、すぐ寝なさい!! お医者様は知ってるの? だいたいね……」


 涙腺のていぼうが決壊した。嬉しいんだか腹立たしいんだか、あたしは泣いた。


「ぉおお! これ、泣くな。すまなかった、おじいちゃんが悪かった!」


 懐かしさでますます涙があふれた。まだ小さなころ、自転車の練習で、逆上がり


の練習で、祖父はあたしに甘くなかった、やさしくなかったわけではないが。あた


しは、だから、転んだり、落ちたりして、そのつど泣いた。そうすると祖父は決ま


っていうのだ。


「すまなかった、おじいちゃんが悪かった!」 


 そして、がさがさした大きな手で、強くあたしを抱きしめてくれたのだ。


 ある日、小学校からもどると、祖父が母にしかられていた。ずい分と体格のいい


人が小さくちぢこまって、シュンとして下をむいていた。あたしのことだった。あ


んまりいつも、あたしに生傷(なまきず)がたえないものだから、女の子が顔に傷でもつ


けたらどうするつもりですか!?と、母はしごく当然の、いうのが遅いくらいの話


をぎゃんぎゃんとわめきつづけていた。


 あたしは祖父と母の間にわって入った。そして、おじいちゃんは悪くない! あ


たしが悪いの!!と泣きながら母にうったえた。あのとき、あたしは初めて、祖父


の涙を見た。今思えば嬉し涙だったのだろうが、あたしにはわからなくて、おじい


ちゃんを悲しませてしまったんだ!!と、またまたわんわんと泣きつづけた。困り


はてた母は、ただあたしを抱きしめ、これからも祖父と遊ぶことを渋々、認めてく


れた。


 おかげであたしは、近所のどの子よりもじょうずに自転車を乗りこなし、竹馬を


操った。木登りでも誰にも負けなかった。小学生までの話だけど。そして実は、危


険などなかったのだ。祖父はいつでもあたしを見ていてくれた。本当に危ない状況


になれば身をていして守ってくれただろう。あたしは、すり傷以上のけがを負うは


ずがなかったのだ。


 小学校も高学年にもなると男子を意識したり、女らしさに目ざめたりと、なにか


と気ぜわしくなる上に、学校行事などもふえ、友達とすごす時間が多くなってき


た。学習塾なるものにも、みながいくからという主体性のない理由で通いはじめた


し。


 そんなある日、あたしはいってはならないひと言を、何気なくいってしまった。


おじいちゃん、くさい! あっちいって!!


 お楽しみ会で、あたしはどーしたわけか、主役の白雪姫を演じることになってい


た。おじいちゃんの(にお)いがくっついたら嫌だと、そう考えたのだ。それだけだ。


祖父を嫌いになったわけではなかったのだ。お楽しみ会がおわったら、また、おじ


いちゃんと遊ぼうと思っていたのだ。しかし以後、祖父は、あたしから距離をおく


ようになった。あたしがねだっても、自転車の荷台に乗せて、どこかへ連れていっ


てはくれなくなった。


 そうしたことがつづく内にあたしも、どこかオドオドしているような祖父の相手


をするのが面倒になり、用があるとき以外、話しかけなくなった。そして……祖父


は急速に老いていった。


 祖父が突然、意識をうしない、救急車で搬送されたのは、あたしが大学受験を間


近にひかえた、高校三年生のとき。このときあたしは、初めて気づいた。おじいち


ゃんのいない、家の広さに。体の半分が奪われたような痛ましいほどの喪失感に。


 それからあたしは、学校帰りに、おじいちゃんの顔を見て帰るのが、毎日の日課


になった。おじいちゃんが、受験がんばれよと、か細くなった声でいってくれたか


ら、合格できた。あたしは、本気で、そう思っている。


 一年がすぎ、祖父はとうとう全身が麻痺(まひ)し、身うごきどころか、目も耳も口


もきかなくなってしまった。老いとは、なんと残酷なものなのか……あたしは、神


を呪った……はずなのにどーゆーこと? なんで歩いてんの!?


「おじいちゃん!!」


「驚かしてすまん。おじいちゃんも、よくわからんのだよ」


 もう! でも、よかった! あやまりたかったんだ、ずっと! おじいちゃんは


くさくないよって、ずっといいたかったんだ!!


「あの……」 


 ぁあ、どういえばいい?


「あのな、お前さ……」 


 しまった! 先手を取られた!


「えっ、なに?」


 どっこいしょ、といいながら祖父はベッドに腰かけた。


「先週、お前、妙に暗い顔してきた日があったろ? で、次の日はバカみたく笑顔


で……変にせんさくする気はないいんだが、おじいちゃん、気になってな」


「おじいちゃん……」 


 気づいてたの? 寝たきりだったのに。


「どうした?」


「ううん、つまらないことよ!」


「本当か? 初めてかけっこで、男の子に負けたときのような顔してたぞ?」


 本当よ、本当、つまらないこと。アイツ、元カレが、つまらないことをいった


の。




 おじいちゃん、おじいちゃんて、いつもいうけどさ、俺とジジイと、どっちが大


切なんだよ!! たまには俺を優先してくれたっていいだろ!


 わかってる。でも、おじいちゃんは今日、会わなきゃ、明日は死んじゃうかもし


れないの!!


 はぁ? いっそ、その方がスッキリするよ!! そういってしまってからアイツ


はあわてて口を押さえた。……でも遅かった。




「おじいちゃんがこんなことになって、また、お前に迷惑かけてるんじゃないかと


気になってなぁ」


「またってなによ? そんなことあるわけないでしょ?」


 あたしは、あかるい声でこたえた。そんなんじゃない!


 ──はらり。


 どうしたわけだかわからないが、あの写真が、祖父とあたしの間に舞いおりた。


「どこから落ちたの?」 


 いいながら、あたしは写真をひろった。確か、バッグに入れていたはずなのに。


「あ、そーだ! おじいちゃん、この写真、どこだかわかる? この町のどこから


しいんだけど」


 祖父は、目を()いて、あたしが見せた写真を凝視(ぎょうし)していた。


「おじいちゃん?」


 祖父はハッとして顔をあげ、そしてこういった。


「わかるとも……こいつは昔、おじいちゃんが撮った写真なんだから」




                            (中編につづく)

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