もしもゴッコ 後編
「じゃ、私がヒロインでいいわね?」
はい、カット!!
「サトム。サトムは、ある意味みんなのリーダーだぞ。あこがれの的でもある。そ
れを自覚してる女の子が、いいわね?ってみんなの同意を求めるかな?」
私がいうとサトム役の美少女は、大きな目をさらに大きく見ひらいて、ああと、
うなずいた。勘のいい子だ。そしてハッキリいって本物のサトムよりも数段、
美形である。
「監督、もう一度、お願いします」
彼女が頭を下げると、私は笑顔でうなずいた。
「よし、みんな、サトムの泣きのテイク2、いいな」
五人の少年は、はい、とこたえた。
あれから、あの映画の『もしも』はいつまでも私たちの心に引っかかっていた。
あのマサムネもふくめ、全員で出しあったアイディア、それをまとめたリュウヘイ
のシナリオ、安作りではあるがおもしろいノボルの特殊撮影の構想。それきりにし
てしまうには、あまりにもおしかった。中学を出てみなバラけたが、高校を卒業し
た私とリュウヘイはくしくも同じ大学の映像学科で再会した。ふたりとも、あのと
きの『もしも』が忘れられなかったのだ。進路希望なんて、なにがきっかけになる
かわかったものではない。
そして、私たちは四年ぶりにサトム、ノボル、アキラ、マサムネに声をかけた。
あの作品を映像化してもいいだろうか? そうたずねるつもりだった。ところがで
ある。
「じゃ私がヒロインでいいわね?」
大学生になってもあい変わらずのサトムがいいだし、なしくずし的にアキラや
ノボルまでが参加を申しでた。そう、そして、さらに怖さにみがきがかかった暴走
族のリーダー格、マサムネまでが製作係(資金調達係)をうけおってくれた。私と
リュウヘイは狐につままれたような気分であったが、とにかく、こうして私た
ちの【青春アクション・ホラーテイスト・アドベンチャー超SFXロマンス映画】
は始動を開始したのだ。監督はヨシナリ、つまり私。脚本はリュウヘイ。製作はマ
サムネ。小道具や作り物はノボル。役者兼なんでも係がサトムとアキラ。昔、考え
た通りの布陣のスタートだった。なぜアキラが役者なのかといえば、デブちんキャ
ラが重要な 役割をになうシナリオだったからだ。他の役者は学校の演劇サークル
の協力をあおいだ。
むろん、簡単ではなかった。ヒロインはわがままだし、それぞれに本業もある。
ケンカ騒ぎもあったけれど、そんなときはマサムネに出てもらえば、たいていは
おさまった。
映画が完成した日、私たちは死ぬほど飲んだくれた。みなで雄叫びを上げ、
抱きあい、一晩中、達成感に酔いしれた。その流れの中からなぜかはぐれた私とサ
トムは、昼日中のホテルで一度だけ寝た。互いの体をむさぼった。……どちらが誘
ったのか、それはおぼえていない。
祭のあとのつねで、ぬけがらのようにほうけていた私たちに驚くべきニュースが
飛びこんできた。私たちの作品が学生映画のコンクールで、最優秀賞を受賞してし
まったのだ。しかもメジャーの映画会社から、リメイクのオファーまでがあった。
私たちはふたたび集結し、飲み、語った。議題は私たちの映画を売りわたしてい
いのか!?であったが、すでにみなの気持ちは決まっていた。私たちは自ら
の手であのときの『もしも』を完成させたのだ。それで満足だった。あとのこと
などどうでもよかった。
リメイク作品の監督が決まり、キャスティングが発表された。私はぎょうてんし
た。なんとチョイ役ではあるが、サトムとアキラの名前が入っていたのだ。
「なに考えてんだ?」
電話をかけた私に、サトムは笑って答えた。
「演じるのって楽しいんだもん。アキラと使ってくれってたのんだら、オーケーだ
ったのよ」
サトムがアキラを引っぱりこんだに違いない。
「ヨシナリも、早く監督になって私を使ってね!」
「…………」
そんなこんなであったが、決まっていた監督が体調不良を原因に降板してしまっ
た。もともと素人作品のリメイクには乗り気でなかった、そういうことらしい。
──で、まあ、私に白羽の矢がたち、うやむやの内にメジャーデビューをはたし
てしまった。それがまた、そこそこのヒットなどを飛ばしてしまったものだから、
私の肩書きは映画監督となり、現在にいたるのである。
あの中三の春の『もしもゴッコ』から、四半世紀がすぎていた。
マサムネは、年をとってまるくなるとか、ちょいワルおやじなどと呼ばれること
もなくツッパリ通したままバイク事故で逝ってしまった。 享年21歳。
サトムとアキラは、そのまま役者の世界に飛びこんだのだが、そうそうあまい業
界であるはずもなく、たがいにはげましあう内に急速に距離がちぢまり、ついに
は、結婚した。そして新婚旅行先の南の島で、震災に遭遇。ふたりとも、あっ
けなく死んでしまった。 享年26歳。
あのとき私たちの青春も、死んだ。青春が死んだ、つくづく陳腐ないいまわ
しだとは思うけれど。
昨年、私の事務所に、ある映像会社の宣伝部長から、映画の企画書がとどいた。
タイトルは『もしもゲーム』。ゴッコではごろが悪いのでゲームにしてみたとあ
った。
中学生のもしもゲームからはじまり、実際に映像作品を作り上げるまでの若者たち
を、ドキュメント風に描く青春グラフィティ映画。 企画を見て私は息をのんだ。
「じゃ私がヒロインでいいわね?」
サトム役の少女の当然でしょ?といわんばかりの台詞まわし。そう、それが
サトムだ。大きくうなずく五人の少年たち。
そう、世界は、私たちはサトムを中心にまわっていた。あのマサムネでさえも。
「カット! オーケー!!」
「よっ! 今日はリュウヘイ、きてないのか?」
休憩中にあらわれたのは、私に企画書を送りつけてきた宣伝部長さまだ。もちろ
ん、ノボルである。
「脚本家が毎日、撮影に立ちあうわけないだろ? お前こそ毎日毎日、仕事ぬけだ
してきていいのか?」
本作のシナリオはリュウヘイが書いた。彼は今、日本でも屈指のシナリオ
ライターであり、取材に執筆にと多忙をきわめている。私の作品の大半のホンは、
リュウヘイの筆によるものだ。
「俺の企画だ。誰にも文句はいわせないさ。それにさ、この中学時代が一番いいん
じゃないか」
「まあな」
「ヨシナリが自分だけカッコよく撮ってないか、監視しとかないといけないしな」
「バーカ、監督には編集権があるんだ。ノボルのシーンは全カットだな」
笑いあうおじさんふたり。 ノボルは開きなおり、額の後退を気にしなく
なっていた。
「しかし、サトム役の子、かわいいな」
私はうなずいた。
「勘もいい」
「その内、サトムが天国から文句いいにくるぜ。私よりかわいい女優を使うな!
なんて」
私は笑った。
「きたら、抱きしめて、あの世にはかえさないさ」
ノボルは、一瞬だけ言葉につまった。
「……お前、本気でサトムのこと……でも、それはないって、ヨシナリ」
「私は嘘つきなんだよ」
「そっか、そうだったか……ははは……しかしよ、サトムを抱きしめたら、もれな
くデブちんアキラとツッパリマサムネが憑いてくるぜ」
「ははは、それはウザい。が、連れてくるだろうな。アイツ本当はひとりじゃなに
もできないさびしがり屋だから」
「そうだな……」
映画のように生きて、青春という鮮やかさの中で死んだ者たち。生きつづけて、
人生という泥濘の中で映画を撮るしかない私たち。
いったいなにが、同じ『もしも』を夢見た者どもをへだてたのだろう?
「監督?」 記録係の女性が呼びにきた。撮影再開の準備ができたらしい。
「いくよ。またくる」 ヨッコラといいながらノボルはパイプ椅子から立ち上がっ
た。
「いい映画にしてくれよ、ヨシナリ」
脳天気でお気楽で、一生懸命だった私たちの青春がつまらないはずないだろ?
「まかせろ」
私がいうと、ノボルは満足そうに何度もうなずきながら撮影所をあとにした。
(終)