もしもゴッコ 前編
「もしも映画が撮れるとしたら、どんなのが撮りたい?」サトムがいった。
サトムはクラスの中でも、かなりかわい方の女子だ。好きとか、そんなんじゃな
くても、元気であかるい女の子とおしゃべりするのは心がうき立つ。ボクらは
多分、みなそう思っていた。
「俺はホラーかな?」
リュウヘイがいった。
「現実的に考えれば、金がなくても撮れるのはホラーしかない」
この提案にノボルが賛同する。
「ぐちゃぐちゃメークとか、吹っとぶ生首とか金かかるだろうけど、俺、あーゆー
の造ってみたいな」
「バカだなー、俺がいうのはサイコホラーだよ」
同じホラーでもリュウヘイとノボルの間にはかなりの齟齬があるよう
だ。
「サイコホラー?」 サトムはよくわからないらしい。
リュウヘイはここぞとばかりに目を輝かせた。サトムの前でいいカッコをしたい
のだ。
「つまり、心理的、精神的に観客を追いこむ映画だよ。これだと、ホンと演出と
役者がそろえば作品が作れる。ぐちゃぐちゃも生首もいらない。どうだ? のらな
いか?」
リュウヘイは、サトムをふくめた一同を見わたした。ノボルは不満気に口をとが
らせている。
つまりこれが、当時、ボクらの間だけではやった『もしもゴッコ』だった。
もしも○○ができたら? サトムが出すお題にボクらがこたえる。興がのると
全員が知恵を出しあい、実現 へむけてトコトン話しあうという実に知的なゴッコ遊
びだった。
【△米大統領、飼い犬誘拐計画】や【〇幼稚園バスやわらかジャック計画】【☆先
生かつら装着計画】はけっこうもり上がった。が、むろん実現したことなどなかっ
た。ボクらは意外とマジメな中学生だったのだ。
「演出と役者だけでいいなら、恋愛物でもいいんじゃない?」
ボクがいうと、全員、一瞬にして目が点になり、大爆笑になった。
「ヨシナリが恋愛物だなんて!! 似あわねー」
デブちんのアキラがボクを指さして笑う。くそぉ、このデブちんが。お前よりは
似あうぞ。
「恋愛ようそはあった方がいいんじゃないかな?」
サトムがいうと、ボクはアキラを見てニンマリと笑ってみせた。
「でも、ただの恋愛物じゃつまらないわよね」
「だよねー」
そういって鼻の穴をおっ広げるアキラ。
うーんと考えこむリュウヘイ。
恋愛物ではどんな小道具がいるのだろうかと思いをめぐらせているノボル。
そしてボク、ヨシナリ。
あのころ、ボクらの世界はサトムを中心に回っていた。
「ホラーな恋愛物で決まりか」
リュウヘイはどうしてもホラーにしたいらしい。
「でも、あまり地味だと観客があきるんじゃない? ハデハデなシーンもないと」
サトムのいうことはもっともだが、より現実的な計画へと話が移行した場合、必
ず予算のつごうでけずられるたぐいの提案だった。
「──よう」
突然の乱入者、マサムネだ。
「映画を作ろうってんだろ? 初めから、想像力を限定したらつまらないね」
マサムネは、いわゆるひとつのツッパリで、長ラン背おってリーゼントな、現在
ではまず見かけることがない、古いタイプの不良だった。
「話、聞いてたの?」
サトムがふゆかいそうな声でたずねた。ボクらはあたふたとしてしまう。それまで
のボクらは、こわもてのマサムネとはクラスが同じなだけで接点はまるでなかった
のだ。
「聞こえたんだ。文句あんのか?」
ブンブンと首を横にふるボクら男どもを尻目に、マサムネをにらむサトム。
「おもしろくはないわねー、ぬすみ聞きされたみたいで。でもさマサムネ君、映
画、好きなの?」
マサムネは細くそりを入れた眉をキュッとよせた。こ、こわい顔だ。
「まあ……好きっちゃあ……好きかな」
しきりに鼻の下あたりをこするマサムネ。ニコリと笑うサトム。
「じゃあ、オーケー。マサムネ君は想像力を限定しないためにはどうすればいいと
思うの?」
ボクらは心おだやかではなかった。だってこわいから。
「ウチの親は金もちだ」
マサムネのこたえがコレ。なんじゃそりゃ?
「学生映画レベルなら、たのめば金を出してくれると思う。だからって全額あてに
するなよ。って話だ」
つまり、金を心配することでアイディアをせばめるな。ということらしい。
元々、もしものゴッコ遊びなのだ。もっと自由に発想したっていいはずなのだ。
「あ、あの……じゃアクション……入れよか、入れますか?」
デブちんアキラがマサムネの表情をうかがいながらいった。……敬語で。
「ん」
マサムネがうなずく。
「アドベンチャーてか、冒険的ようそなんかも……いいですかね?」
これはボク。やはり敬語になってしまう、情けない。
「SFX! SFX! ビルを爆破! 船を爆破! 富士山噴火!!」
この物騒なのはもちろんサトムである。作り物をしたがっていたノボルも、
大喜びで賛同した。現在ならばCGで製作するところであるが、あのころはミニチ
ュアなどの模型を使うのがあたり前の時代であった。
「ね、ね、サトム、マサムネ君。惑星も破壊しない?!」
あぶないやつめ。苦笑いをうかべるマサムネの表情がやさしく見えた。
一瞬だけどね。
「──てことは、【青春アクション・ホラーテイスト・アドベンチャー超SFX
ロマンス】ってトコ……で、どうすか?」
リュウヘイが、マサムネとサトムの目を交互に見た。ボクとアキラとノボルは
シカトらしい。ま、いた仕方なしか。サトムがオーケーなら、ボクらもオーケーな
わけだしね。
「じゃ、私がヒロインでいいわね?」
大はりきりのサトムは、両手を上げてヒロインに立候補した。
(後編につづく)