ハイパー・ウルトラ・ゴージャスマン Ⅱ
国際科学警察機構、極東支部『ZAKKA』にパリ本部から指令がくだされた。
『近く、友好条約を締結する予定のルパナ星の王子が、親の決めた許婚との結婚
を不服として、王子が心より愛していた女性とともに地球へと逃亡した。レーダー
による測定および、救命ポッドの進入角度により日本に潜伏しているものと
思われる。地球の名誉と友好のためにも、すみやかに王子を発見し確保せよ。
しかしあくまでも本指令は 極秘とする』
異星人との交流はまだ一般には公表されてはいなかったころの話であった。
『ZAKKA』は約半年間にわたる日本国内の捜索の結果、ついにルパナ星の王
子とその恋人の所在をK市の山中であると特定した。
「明朝三時、ルパナ星の宇宙母艦が王子とその恋人をむかえにくる。我々は地球人
の名誉をかけて、王子の安全な確保に全力をつくさねばならない!」
『ZAKKA』キャップ 、コバヤシの号令のもと、四人の隊員が中心となり国際
科学警察官一千人を投入した大規模な山狩りがおこなわれ、夜半、とうとう王子と
その恋人を追いつめた。かたく手を握りしめた王子と恋人は、古代ギリシャの神々
の彫像を思わせるような美しい顔だちをしていた。それでありながら、彼らは地球
人となんら変わらない姿に見えた。ただ瞳の色が燃えるように赤いこと
をのぞけば。
「時間だ……」
上空に巨大な宇宙母艦が姿を現し、ひと筋の光の帯がまっすぐに下りてきた。
そして『ZAKKA』と科学警察官にとり囲まれたふたりをつつみこみ、ふたたび
母艦を目がけて昇っていく。
「なんて幻想的なのかしら」女性隊員のサクライがつぶやく。
「ふたりとも、美形だったなぁ……なんかムカつく」ニヘイ隊員もホッとして笑う。
「おや、あのふたり、なにかいっているぞ」クロベ隊員は母艦へと昇っていくく王
子と恋人を指さした。確かになにかを伝えようとしているようだ。特に恋人、女性
の方は美しい顔をゆがめ、泣きさけんでいる。しかし、もはや彼らの声はとどかな
い。
「我々の役目は終わった。諸君、ご苦労! さあ、帰ろう」キャップは隊員たちの
肩を抱いて、任務を無事はたせたことを喜びあった。
この捕り物も、UFOの来訪も、一般にはふせられていたことはいうまでもな
い。
K市第三小学校、五年生のツキノ少年は学校が終わるといつものように、もう然
とダッシュし、彼だけの秘密の場所へむかった。以前から友達つき合いがうまい方
ではなかったのだが、最近はタチの悪いイジメの対象にされることも少なくなかっ
た。K市では知らぬ者はいない大病院のひとり息子で、裕福であることもイジメの
原因のひとつであった。金をたかられる前に逃げることはもちろんだが、 彼が急
ぐ理由は彼だけの秘密の場所にあった。
昨年、山の中でぐうぜん発見した、たて穴に彼はすべり込んだ。息を切らせなが
ら、持ちこんだランプに明かりをともす。
「おかえり」ツキノ君と同年代の少女が笑顔で彼をむかえた。
「うん……これ」ツキノ君はリンゴとパン、三角パックの牛乳を少女にわたす。
「ありがと」
「うん」ツキノ君は、嬉しそうな彼女の笑顔を見るのが大好きだった。
以前のツキノ君は塾へいくまでのわずかな時間、ここで絵を描くことが一日のう
ちで一番好きだった。彼の夢は絵描きになることだ。彼女、フラワとはここ
で出会った。彼女はここに住んでいたのだ。
その日は最悪だった。絵を描くことに反対する父親とぶつかり、あげくのはては
六年生に金をうばわれた。新しい絵筆を買うつもりだったのに……。
ツキノ君はたて穴の中で、もやもやした気持ちを大きなキャンバスに叩きつける
ように油絵の具を塗りたくっていた。
「──こわい絵」ツキノ君のうしろから声がした。彼は驚いてふり返る! すると
ひとりの少女が立っていた。ツキノ君は声が出せなかった。少女の瞳は見たことも
ないような燃えるように赤い色をしていたのだ。そしてなによりも彼女の顔だち
が、古代ギリシャの彫像のように美しかったからである。
「毎日、きてるね。名前は? なんていうの?」少女が聞いてきた。
「…………」
「私、フラワ。あなたは?」
「……ツキノ」
「ふーん、ツキノか。ね、どうして、こんなこわい絵を描くの?」
ツキノ君の油絵には、無数の人間が描かれていた。建物、家、道路、車が描かれ
ていた。そしてそのすべてが地獄のように赤い業火に焼かれ、悪魔のように
醜く巨大なロボットにふみつぶされている光景が描かれていた。
「ふ、フラワ……外国の人? いつ入ってきたの?」出入り口の穴はひとつのはず
だ。
「私、ここに住んでるんだもん」
「住んでる?」
「うん」
「誰と?」ツキノ君は奥をのぞいた。意外とよこ穴は深いのかもしれない。
「私ひとりだよ」
「ひとり?」
「うん、ひとり。実はね、さびしかった、だからツキノがくるの毎日──」
「…………」
「楽しみにしてたんだよ!」フラワは頬を染めているように見えた。薄暗い
せいで見まちがえただけなのかもしれないが、ツキノ君はこのとき、確実にハート
を撃ちぬかれたのである。
「これ、ロボット?」フラワはキャンバスの前に立っていた。
「あ、うん……あんまり、見るなよ。恥ずかしいから」
「このロボット、なんて名前?」
「バジリスク号」
「バジリスク号? こわいロボットだね」
「うん……でも!」
「でも?」
「なんでもない」
「なによ、いいなさいよ」
「いいよ……」
「よくない! ツキノのこと、知りたいの!」
ツキノ君の心臓はドキン!とはねた。ときに女の子は無意識に男心をつつくこと
がある。それがたとえ少女であったとしても。
「──ボクは、たぶん将来、医者になる。本当は絵描きになりたいんだけど、医者
になる」
「どうして?」
「お父さんがだめだっていうから。ここで描いてたのも絵の道具を捨てられたから
なんだ……」
「そっか、ツキノはバジリスク号でなにもかもふみつぶしたいんだね?」
それからのツキノ君は今まで以上に秘密の場所にくるのが楽しみになっていた。
あの絵を描いていたころのすさんだ暗い気持ちに、少しずつ光がさし込んできたよ
うに感じていた。
ただフラワは、自分の話をいっさいしてくれなかった。それだけが不満だった。
「ね、見て見て」
フラワがツキノ君の腕を引っぱって、よこ穴の奥へと初めてまねいてくれた。
「私が造ったの」とくい気に鼻孔をふくらませたフラワの前に、見たことも
ない巨大な機械が置かれていた。それはツキノ君の描いたバジリスク号の頭にそっ
くりだった。そして首から下は岩盤に埋まっているように見えた。
「すごい……すごいや! すごいよ、フラワ!」
フラワはさらに鼻の穴をふくらませた。
「救命ポッドを改造したの! すごいでしょう? さ、乗って乗って!」
救命ポッド? 疑問を差しはさむ間もなく、ツキノ君はコックピットにすわらさ
れた。要はロボット操縦のバーチャルマシンである。モニターに映る架空の街なみ
を、車を、人を、ツキノ君はたたきつぶし、レーザー光線で焼き払った。初めこそ
ヨタヨタと動いていたバジリスク号も、毎日つづけるうちにしだいと自分の手足の
ように動かせるようになっていった。
「もう、あんなこわい絵、描かないでよね。本当にツキノが描きたい絵を描いてほ
しいな」
ボクが本当に描きたい絵……。
「私にはわかるもん、ツキノはもっともっと美しい絵を描く人だもん」
ボクが描きたい絵……美しい、絵。
「ツキノ、約束して……いつか、必ず描くって。私のために」
「約束する」
ボクが描きたいのは赤い瞳の少女……今はまだ、上手に描けそうにないけ
れど。
──いつか、必ず。
カッ! 薄暗い穴の中が突然明るくなり、オレンジ色の制服を着用した大人たち
がたて穴からすべり込んできた。
「ZAKKA?」ツキノ君はつぶやいた。この制服は広報番組で見たことがある。
「見ーつけた!」ニヘイ隊員が笑顔で迫る。「王女様、おむかえに参りましたぞ」
「王女……フラワ?」ツキノ君は彼女を見た。フラワは人間とは思えない俊敏
さで、ニヘイを突きとばし外へ逃げようと走る! が、クロベ隊員につかまってし
まった。
「王女様。王家どうしの婚姻は解消され、お父様とお母様は無事、本国で結婚され
ました。そしてあなた様をずっと捜していたのですよ。もうすぐおむかえの母艦が
きます。よかったですね」
クロベはフラワを肩にかついで穴を上ろうとする。まさか民間人の少年がいると
は思いもよらなかったクロベは、ルパナ星という名称を出しはしなかったが、地球
人の何倍もの速度で知能も体も成長するルパナ星人フラワには、ことのしだいは
じゅうぶん理解できたことであろう。
「いや。いやぁ! ツキノ! ツキノ助けて! 私はツキノと一緒がいい!!」
「姫様、それはいわゆる、気の迷いってヤツですぞ」ニヘイはわけ知り顔で語る。
「ツキノぉ! ツキノー!!」
赤い瞳を涙でいっぱいにしてフラワはさけぶ! ツキノ君を呼びつづける!!
「ぅわぁあああー!!」ツキノ君は穴を上るクロベの足に飛びついた!「フラ
ワー! フラワ!!」
「ツキノー!」
「フラワッ!!」
クロベにかつがれた少女は少年に手をのばす。少年もけんめいに手をのばす。
「ニヘイ隊員! この子をなんとかしてくれ!」フラワを落としてしまいそうにな
るクロベがどなる。
「アイアイサー」ニヘイは無理やりツキノを引きはなす。
「はなせ! はなせ!!」
「小さくても男の子だねぇ、うんうん」ひとりで納得しているニヘイのむこう脛
を思いきりけりとばし、 ツキノ君はクロベのあとを追い、たて穴を上った。
彼が地上に出ると、フラワはすでに巨大なUFOからはなたれた光の帯の中
に飲みこまれていた。
「フラワ! フラワぁー!!」
フラワは泣いていた、さけんでいた、手足をバタつかせて、ツキノ君を呼んで
いた。しかし、もう彼女の声はとどかない。
──フラワ、君の声が聞こえない……聞こえないよ……。
「ツキノ君というのか? きみがどういういきさつで彼女と──」
クロベがなにかいっている。穴からはい出てきたニヘイもなにかしゃべってい
るようだ。しかしツキノ君の耳には聞こえていない。
……フラワ、フラワ、フラワ。
「ふらわぁああああー!!」
そのとき、ツキノ君のさけびと呼応するように急な地割れが起こり、あのロボ
ットが立ち上がった!! くずれる岩の下敷きになるクロベ隊員とニヘイ隊員。
「バジリスク号!」
ツキノ君が呼ぶとロボットは地上にはいつくばった。ツキノ君は巨体にかけ上
り、コックピットに乗りこむ。
「バジリスク、いけぇー!!」
ゴウッ! すさまじい勢いでロボットは飛翔した。
「フラワ! 今いく!」母艦に吸いこまれる寸前のフラワ目がけて腕をのばすロ
ボット、それにこたえるようにやはり手をのばす少女。
ツキノ君とフラワの間で強烈な輝きが炸裂した! そしてロボットの腕
をつかんだのはクロベ隊員が変身した正義の宇宙人の、銀色の巨大な手であった!
「ハイパー・ウルトラ・ゴージャスマン!! 助かったぁ~」ニヘイは安心する
と同時に気絶した。
「ハイパー! じゃまするなー!!」空中でもつれた二体の巨人は、きりもみ状に
回転しつつ落下していく。しかしツキノ君のロボットは、落下しながらも攻撃の手
をゆるめずにパンチやキック、レーザー光線を撃ってくる。
じっとたえているハイパー・ウルトラ・ゴージャスマン。
コクピットで吼えつづけているツキノ君! もはや涙と鼻水でなにも見えな
いし、聞こえもしない。呼吸ですらままならない。
「うわぁああああああああああああああ」
光の帯が母艦に収納されたことを確認したハイパー・ウルトラ・ゴージ
ャスマンは居あいぬきのようなすばやさで、コックピットのツキノ君をつかみ取
った。
ロボットは巨大な噴煙を上げつつ自由落下していき、大地にたたきつけられて
粉々に砕けちった。
お知らせタイマーが点滅しはじめたハイパー・ウルトラ・ゴージャスマンは、気
絶しているニヘイ隊員のそばにツキノ君をそっとおろすと、大空へと飛びさった。
ツキノ君はあの場で見聞きしたことを口外しないという約束をさせられた上でお
とがめなしということになった。 あい変わらずイジメにもあうし、自宅では絵を
描くこともできない、しかし平穏な日々が帰ってきた。
ボクは 医者になるのかもしれない……とツキノ君は思う。ただし、絵の勉強は
つづけていく、絶対に。いつか、ルパナ星と地球の友好条約が結ばれて、自由に
ゆききができる日がくるかもしれない。そのとき、ボクは彼女のために絵を描く
んだ。彼女のためだけに。そのとき、ボクは恥ずかしくない大人になっていたい。
美しい絵を描ける人になっていたい。
約束だから……。
彼はあのときの落下のさいに鼓膜を破り、片耳の聴力を失っていた。代償
は大きかったかもしれない。そのことでまたつまらないイジメにあうのかもしれ
ない。
だけど、だけど、だけど。少年は──。
(終)