8.恋し君に、花束を
庭師のレオンは道具を持って、街中の事務所へと急ぐ。
二階の窓からこちらに手を振って来るディアナの顔に、彼は少し引っかかりを覚えていた。
(何でだろう。ディアナ様……泣いてたな)
泣きながら手を振っていた彼女を思い、レオンはきりきりと胸が痛む。
(自惚れかもしれないけど……あの時、声をかけていたらお嬢様の心はもう少し軽くなったんだろうか)
イルザの結婚式が近づいている。
きっとディアナは姉と離れるのが寂しいのだ。
イルザがいなくなれば、屋敷の中で一番歳が近いのは、自分だけということになる。
(かわいそうなお嬢様。あの広いお屋敷で、とても孤独を感じてらっしゃるに違いない)
赤い百合が欲しいと言われた。
(気を紛らわしてあげられるような、いいブーケをつくってあげよう)
しかし、いざ事務所に戻ってみると──
「あれ?親方、赤い百合はどうしましたか?」
あの赤い百合はもうなかった。フーゴが答える。
「アウレール様が気に入って、ありったけ持って行っちまったよ」
レオンは肩を落とした。
「じゃあ、百合は……」
「白いのがそこにあるだろう」
「……はい」
いつもの、白い百合。
(約束が果たせなかった……)
せっかく喜ばせてあげられると思ったのに、出鼻をくじかれた格好になった。
しかし、レオンは息を吐き、気を取り直す。
(今ある材料で、一番いいブーケを作ろう)
泣いている彼女を笑顔に出来るような花束を。
次の日。
ディアナは裏庭を眺めて待っていた。すると、いつもの時間にあの鈍色の瞳の庭師がやって来る。
ディアナが駆け下りて行くと、庭師はにこりと笑ってブーケを差し出して来た。
白い百合のブーケ。
ディアナは目を輝かせた。
「まあ、きれい!」
大きな百合がボールのように丸く形作られ、その間に百合の葉やすずらん、スプレー花が覗いている。
「これ、バッグみたいに腕にかけられるんですよ」
思わぬ言葉に、ディアナは目を丸くする。
「あ……本当だ」
言われた通り腕にかけてみると、豪華なバッグのようだ。
「面白ーい!」
「……赤い百合が手に入らなくて、すみませんでした」
ディアナはきょとんと庭師を見上げる。
「そんな……いいのよ別に。そんなことよりこれ、とっても素敵だわ」
「ありがとうございます。それ……」
「何?」
「イルザ様のブーケもその形にしようと思って」
ディアナは頷いた。
「……いいと思う。素敵」
「花嫁はずーっとそれを持っていなければなりません。だから引っ掛けていた方が楽でしょう」
「凄い……ナイスアイデアだわ!」
二人は笑い合う。ふと、ディアナは我に返った。
いつか自分も、この庭師が作ったブーケで嫁入りをするのだろうか。
途端に、目の前のブーケが色あせて行く気がした。
「……そうだわ」
ディアナは呟いた。
「庭師さんには悪いけど、これ、バラして花瓶に活けたいの」
「そうですか?……では花瓶をお持ちします」
「それで、その……」
「はい」
「あなたに活け方を、教えて貰いたいんだけど……」
裏庭に、妙に熱っぽい静けさがやって来る。
「……いいですよ」
そう言い置いて、何かを隠すように庭師は小走りに花瓶のある作業小屋へと走って行く。
ディアナは真っ赤になってアイアンチェアに腰掛ける。
彼女は恥ずかしさに顔を隠した。
日に日に大胆になってしまっている。
それからふと、後ろめたさが彼女に襲い掛かる。
何者かの視線を感じて周囲を見渡すと、二階の窓からアウレールとカミラがこちらを眺めているのが見えた。
アウレールは頬を固くし、怒り狂う寸前のように眉間に皺を寄せている。
ディアナの顔面は一気に蒼白になった。