5.それだけで幸せ
ディアナは久方ぶりに会うレオンを見て、はっと息をのむ。
今日の彼は腕をまくることもはだけることもなく、野良着をきっちりと着込んでいる。
やはり、何度見ても好ましい外見をしている。
ディアナは姉と共に立ち止まり、湧き立つ気持ちを抑えながら挨拶をした。
「フーゴさん、庭師さん……ごきげんよう」
フーゴは微笑んだが、庭師の青年はこちらを警戒するように黙っている。
ディアナは声を聞きたいと思った。
「おい」
何かに気づいたらしいフーゴが、レオンの脇をつつく。
「ディアナ様だ。ご挨拶をしろっ」
レオンは急に顔を赤くし、ぽつりと言った。
「こんにちは……お嬢様」
ディアナも赤くなった。
(どうしよう……思った以上に低い声で、やっぱり好き)
ずぶずぶと足が沈み込んで行くように、ディアナはすっかりこの庭師に心奪われてしまった。
(もっと、あの声が聞きたい)
ディアナはアウレールに目を向けた。
「お父様、みなさんを連れてどこへ行くの?」
「今から食堂で、職人に食事を出してやろうと思ってな」
「そう……私も参加してみたいわ」
隣のイルザが顔をしかめ、アウレールは弱ったように笑った。
「食わすのは、単なる賄い飯だぞ。お前たちはいつもの昼食を食べるんだ」
「でも……」
「嫁入り前の娘を、男の集団に放り込むのは、なぁ」
ディアナはがっくりと頭を垂れた。それを見て、庭師の青年は言った。
「私も、お嬢様を男の集団に放り込むのは反対です」
アウレールは助かったとばかりに頷いた。
「そういうわけだ、ディアナ。我々は急ぐので、じゃあな」
男たちは通り過ぎて行き、姉妹はそれを見送った。
イルザが言う。
「ディアナったら……いきなりおかしなことを言うのね」
ディアナは作戦が失敗して真っ赤になる。
「ふふ、まあ気持ちは分かるわ。ディアナは逞しい男が好みなのね?確かに庭師のみなさんはしっかしりた体躯の、いい男が多いわよねぇ。目の保養だわ……」
イルザの手がディアナの落ちた肩に乗せられ、二人は中庭に向かって歩いて行く。今日は事前に料理係に言って、庭で昼食を取ることにしていたのだ。
ディアナはちらと彼らを振り返り、嘆息した。
一方のレオンは──
(あの子が、妹のディアナお嬢様)
あの日庭で会った少女は、隣国の商会に嫁入りする姉の方ではなかった。安心すると同時にじわじわとその事実が染みわたって行き、動揺が止まらない。
(声まで可愛かったな……)
一向に減らないレオンの皿の食事を見て、隣のフーゴがこっそり問う。
「おい、どうした。恋煩いか?」
レオンはがたん、と音を立ててフーゴから椅子ごと遠ざかる。
「うわっ、びっくりした!」
それを見てアウレールは笑った。
「ほう。レオンはディアナに恋をしているのか?」
「そ、そんなことは……お、親方。誤解を招くような言動はやめてくださいっ!」
「まああれは私に似て美人だからな。無理もない」
「ち、違うんです、アウレール様……」
レオンはしどろもどろになった。周囲の庭師たちが一斉に笑う。
「ま、年頃の庭師が一度は通る道ですよ。しかし……」
フーゴはそう言って、レオンの背中をどんと叩いた。
「安心して下さいアウレール様。レオンはきっちりした奴ですから、そこらへんの軟派な男とは違います。私の教育も行き届いてますから、お嬢様と植物の話以外は致しません!」
レオンはいきなり話題を決めつけられて、歯噛みする。
しかし、こうも思う。
(そうだ。なるべくお嬢様と話をしなければ、それだけ長くこの屋敷にいられる──)
これはなかなかにいいアイデアのように思った。
(アウレール様から信頼されれば、それだけここに来られる機会も増えるぞ)
彼は最初から、令嬢とどうこうするなど考えもしていなかったのだ。
それこそ卓上の花のように、ただあの美しい少女を眺めていられれば、彼はそれで満足だった。
間近であの美しさを見られるなら。たまに話しかけてもらえるなら。
それだけで。