2.接近禁止命令
「おっ、レオン早かったな!初めてのハインツ邸はどうだった?」
ラトギプで造園業を営む〝親方〟ことフーゴは、新米庭師を出迎える。体の大きなフーゴは、体を折るようにして蔓植物のランナーをポッドに差す作業に熱中している。
レオンがどこかぼうっとしているのを彼は見逃さなかった。
「おい、どうした?いつものように、業務報告!」
レオンは我に返った。
「は、はい。今日はハインツ邸裏庭のハナユズの枝を剪定しました。あとは新種のツルバラを新しいアイアントレリスに巻き付けて……」
「よし、言われたことを全部やって来たな」
「……はい」
レオンは道具を元の場所に戻す。ふとフーゴがこんなことを言った。
「剪定の腕に関しちゃもう大丈夫だ。そろそろお前に次のことを教えておこう」
親方は蔓を脇によけるとバケツに沢山の花を入れ、レオンの鼻先に突き出す。
「花の活け方だ。これも庭師の仕事の一部だからよ」
レオンは目を見開き、新たな修行が始まる予感にどきどきと胸を鳴らした。
色とりどりの花。
「コツを教えてやろう。花を花瓶に活ける時は、高いところと低いところを作ってやるんだ。つまり」
親方は花を二本取り出し、一本は長く、もう一本は短く切った。そして長い方を後ろに、短い方を前方に差す。
「……こうだろ。この二本の間に、中ぐらいの長さの花を階段状に差して行く。で、それぞれの茎が見えないように花の顔をこちらに向けるんだ」
親方の花瓶はあっと言う間に、花で溢れた。
「要は慣れだ。やってみろ。しばらくはこっちの修行を頑張れよ」
レオンは花瓶の花を眺め、ふと思う。
これでは、しばらくあの女の子に会えない。
フーゴは黙ってレオンを眺める。レオンは言われた通りバケツから二種類の花を取り出して、長いのと短いのに切り分けた。
見よう見まねで差して行く。それをじっと見つめ、フーゴはぽつりと言った。
「ハインツ邸に、美人がいただろ」
レオンの手が花瓶に当たり、花瓶がごろんとテーブルの上を転がった。フーゴはゲラゲラ笑いながら、転がって来た花瓶を受け止める。
「お前、クッソ図星じゃねーか!もうこれ、何人目だ!?」
レオンは真っ赤になって、顔を隠すように下を向いた。フーゴは楽しそうに言う。
「ハインツ邸に若い奴を行かすと、みんなそうなるんだよ。あそこの美人姉妹に惚れちまう。だからしばらくは若いもんは行かさなかったんだが、お前なら堅物そうだから……と思って向かわせた。けど、やっぱり駄目だったか」
レオンは急に吹き出して来た汗を拭う。
「お前も16だからな、お年頃だろう。美人の魅力には抗えないよな。見くびって済まなかったな!」
フーゴはがははと彼の羞恥心を笑い飛ばした。
「というわけでだな、お前はもうハインツ邸に入るの禁止!」
レオンはしまったとでも言うように顔を上げる。
「あそこの主人のアウレール様に言われてるんだよ。美人過ぎる娘を二人も持ってると、心配事が多いらしくてな。娘をたぶらかすような怪しい従業員は入れるなと、そのようにおっしゃっている」
レオンはしゅんと肩を落とすと、
「はい」
とだけ言った。フーゴはそれをさも面白そうに覗き込む。
「若いって、いーねぇ」
レオンは頬を膨らませた。
「勘違いするなよ?俺はお前をそんな軽いノリの奴だとは思ってねー。だが、一番のお得意様であるアウレール様に睨まれるわけには行かないんだ。悪く思わないでくれよ」
そこまで言われては、しょうがない。
レオンは浮つく心に蓋をした。口を結び、目蓋の裏に焼きついた美しい少女の顔を消してしまおうと努力する。
「しばらくは、活け方と花束の作り方を教えよう。これが出来るようになれば、お前も庭師として一丁前だぞ」
レオンは心身を研ぎ澄まして、再び花を活けることに集中する。
手に取ったのは、赤い百合だった。
(あの女の子は、ハインツ商会の姉、妹、どっちなんだろう)
名前も知らない少女。
(この赤い百合、ちょっとあの子っぽいな……)
気づけば、花瓶の中は大輪の花できゅうきゅうに埋まっていた。
「うおっ、派手なのが出来たなぁ!それにしても、最初にしちゃ上出来だ!」
親方は感心しきりでレオンの活けた花を眺めた。
「題名は、初恋で決まりだな!」
「……もう、からかうのはいい加減にして下さい」
親方は更に火がついたように笑った。
「いいぞいいぞ……そうだ、これを花束にして納品しちまえばいい」
レオンはぽかんと親方を眺める。
「お前、才能あるよ。しばらくはここで、屋敷内用のブーケを作る係に任命する」
才能を認められるのは、それが何であれ嬉しいものだ。
「……はい!」
レオンはようやく破顔した。