13.未来のお婿さん
イルザの式が終わり、屋敷は落ち着きを取り戻した。ハインツ邸の庭にも、秋の気配が漂い始めていた。
レオンはハナユズを剪定する。棘が大きなこの木の枝は、落下時に棘が刺さらぬよう、用心しなくてはならない。
秋は剪定するものが多い。
今日は仕事が多すぎる……
そんな時。
「こんにちは」
ディアナが話しかけて来た。レオンはちらを彼女を見下ろしてから、頷いて見せた。
「……こんにちは」
「姉の結婚式の時は、どうもありがとう」
ディアナが近づいて来る。
「……あ」
レオンは思わず声を出した。
「その枝、棘が。今切ってるから……近づかないで下さい」
ディアナは言われた通りに立ち止まり、彼を見上げた。
レオンは梯子を降りるとそれを担ぎ上げ、次の木の剪定に向かう。
その時だった。
「……庭師さん」
レオンは振り向いた。
「そろそろ、あなたのお名前を教えて欲しいの」
彼は緊張の面持ちで、なるべく顔色を悟られないように答えた。
「レオン」
ディアナは顔を赤くして興奮気味に頷き、その名を繰り返した。
「レオン……」
レオンは月桂樹に梯子を立てかけ、再び剪定作業に入る。
月桂樹特有の、スパイシーな芳香が秋の空気に広がった。
ようやく恋し彼の名前を知れた令嬢は、秋の空気を胸いっぱいに吸い込む。
初めて自分の名を告げた庭師は、息を止めるようにして剪定作業に没頭するふりをした。
「ねえ、今度新しい花が来るんでしょう?」
ディアナの問いに、ようやくレオンが笑顔を見せる。
二人は近づいて色々と話し合いながら、庭の隅に消えて行った。
二階の窓からそれを眺め、アウレールが呟く。
「式の日……ディアナは大商会の子息たちに影で品定めされていて、それを偶然聞いてしまい、ひどくショックを受けて泣いてしまったんだそうだ」
隣で編み物に勤しんでいるカミラが微笑んで頷く。
「すると、あのレオンが花束を持って来て、慰めてくれたそうじゃないか」
「ふふふ。レオンったら。隅に置けないわねぇ」
「何でああいう気持ちの良い男が、大商会の子息にはいないのだろうか……」
「そうねぇ。人の気持ちが分かるっていうことは、人の痛みが分かるっていうことだから──」
妻の言葉に、アウレールは感じ入った。
「なるほど。レオンは人生経験がその辺の青年より豊富なのかもしれんな」
「ええ。特に大商会の子息なんて、苦労知らずもいいところですから」
「ん?それは私への当てつけか、カミラ」
「あら、そんなことは……ほほほ」
アウレールが再び庭の下を眺めると、先日仕入れたばかりの花の頭を、ディアナがぼとりと落としてしまっていた。
「あーあ、ディアナめ……」
「あら、あれは東洋から仕入れたばかりの牡丹ではないですか」
「せっかく王族に売りつけようと思っていたのに、勿体ないことを」
慌てるディアナをなだめ、レオンはその鉢植えを持ち上げる。
そして彼は庭を去って行った。
しばらくして。
コンコン。
戸をノックする音がして、アウレールはおっかなびっくり扉を開けた。
ドアの向こうには、レオンが立っている。
「申し訳ありません、アウレール様」
そう言いながら、青年は頭の落ちた葉ばかりの牡丹の鉢植えを持ち上げて見せる。
「王宮に納入予定の牡丹の花を、私が誤って落としてしまいました……発注をすぐにかけますので、数が揃うまで、納期を引き延ばしてはいただけませんでしょうか」
アウレールはぽかんと口を開けてから、にかりと笑った。
「おお、大丈夫だぞ」
「申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。世の中、どうしようもないことがあるものだからな」
レオンは頭を下げ、去って行く。
扉が閉められた。
カミラがくすくすと笑いながら言う。
「とっても素敵な男の子ね」
「……ああ」
「ああいう男の人が、将来ディアナのお婿さんになってくれればいいんだけど」
「……本当に、その通りだな」
二人は再び庭を見下ろした。
庭に戻ったレオンは、ディアナに何事か告げている。
ディアナはほっと胸を撫で下ろす仕草をして、レオンに微笑みかけた。
アウレールがぽつりと呟く。
「いつか、彼らにも別れの時が来る」
「……そうね」
「何だかかわいそうな気がして来たな」
「ふふふ。まぁ、仕方がありませんね」
「カミラは今、幸せか?」
「ええ、勿論」
「ディアナの幸せになる力に期待するしかないか……」
「あの子なら、きっとどんな場所でも幸せになる力がある。私はそう信じていますわ」
「ああ、そうだな」
柔らかい風の吹く、秋の午後。
令嬢と庭師は互いの行く末を知らぬまま、小さく花開いた愛情を分け合う。
その時、互いのどこにも触れてはいないが、二人の心は確実に溶け合い、触れ合っていた。
小さな裏庭の小さな恋が叶うのは、まだまだ先のお話──
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ちなみにこれの二年後を描いた作品が、拙著
没落令嬢の幸せ農場〜最愛の人と辺境開拓スローライフ〜
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