11.思いは同じ
姉イルザの結婚式は滞りなく行われた。
彼女はヴェンデルスでは見ないような派手な緋色のドレスを着て、首元には目が痛くなるほどの眩いダイヤのネックレスをつけている。
ディアナはふと、姉の手を眺めて目を見開く。
彼女が持っていたブーケはあの日庭師が持って来てくれた、バッグのように腕に引っ掛けるタイプの赤い百合のブーケだった。
周囲を見渡すと、赤い百合が聖堂のそこかしこに飾りつけられている。
ディアナはどきどきと周囲を見渡した。
(あの庭師さんも、アイゼンシュタットに来ているの?まさかね……)
その頃、レオンは。
イシュタル商会の大広間にて、フーゴたちと共に花材の飾りつけを行っていた。
図面通りの場所に、赤い百合を置く。
用意された花瓶に、花を活けて行く。
ありったけの、赤い百合。
恐らくアウレールは大げさではなく、世界中からこれらをかき集めたのだろう。
この地域の上流階級は結婚式の際、新婦の親の方が式代を持つ習わしだ。それゆえ、娘が産まれていい顔をしない親たちが沢山いた。レオンも色々な家庭の結婚式に出向いて花材の飾りつけをしたことがあるが、裏で不満を漏らす親は後を絶たなかった。それなのに。
(やはりあのお方は、心の大きな人だ)
レオンは裏方にやって来てもにこにこ顔のアウレールに、静かに感動していた。
(だから、ディアナお嬢様も……)
レオンはハインツ邸裏庭での出来事を反芻する。
ディアナはどうやらこの無口な庭師が植物の話ならしてくれると勘づいたらしく、沢山勉強をしてはレオンに話しかけて来た。
レオンの手仕事全てに気づき、いちいち褒めてくれ、笑顔になってくれる。
彼の負担にならぬよう、また彼にひっついているところを見られて親の機嫌を損ねないよう、周囲をしっかり見渡して節度を持って接してくれている。
(だからディアナお嬢様も、あんなにいい子なんだな)
レオンはもう、自分の気持ちに嘘をつこうとはしなくなっていた。
(あんないい子を好きにならないなんて無理だ)
きっと二年後、自身もディアナの披露宴の飾りつけをしているに違いない。
(俺はどんな気持ちでそれを見るんだろう)
少し感傷的にならざるを得なかったが、
(……お嬢様が幸せになるならそれでいいか)
と自らに言い聞かせた。
「おい、そろそろ撤収だぞ」
フーゴが声をかけて来る。レオンは窓の外を見た。日が傾き、徐々に厨房の方が騒がしくなって来ている。
「アウレール様が、我々に差し入れを下さっている。食堂で食べられるとのことだ。お前もほどほどにして、早く行こうぜ」
レオンは慌てて花瓶の花を整えると、ごとんと所定の位置に置いた。
そして、振り返らないフーゴの後ろをそそくさとついて行く。
ディアナは親族席に座り、周囲を眺めた。
またあの、赤い百合だ。ディアナがあの日この花をイルザっぽいと言ってから、父が頑張ってかき集めたのだろう。
花瓶を見ると、見覚えのある活け方。
ディアナはどきどきと胸を鳴らす。
(やっぱり……庭師さん、ここに来てるんだ)
しかし、その姿は見えない。
ふと視線を感じ、ディアナは部屋の隅に視線を移した。
そこでは大商会の男たちが集まって、ディアナを熱っぽくちらちら見つめながら、何かこそこそと話している。
ディアナはそっと眉をしかめた。
(何あれ……嫌な感じ)
彼らのまなじりに品定めの気配を感じ取って、ディアナは心の中で毒づいた。
同時に庭師のまっすぐな鈍色の瞳を思い出し、彼女はため息をつく。
(なぜあの男の人たちは、あんなところでこそこそしているのかしら。なぜ、まっすぐな視線で私に話しかけようとしないのかしら)
そして──最初はまるでこちらを見ようとしなかった、彼のことを思い出す。
あの庭師は、女性をじろじろと見るのがいかに失礼であるか、はなから分かっていたのだ。ディアナを対等かそれ以上に見ているからこそ、導き出した彼の謙虚な姿勢に今更ながら感じ入る。
(庭師の彼の方が、よっぽど女性に対して失礼にならない振る舞いを知っていたわ。お金を持っていなくとも、高貴な振る舞いがどういうものであるか、あの連中よりよっぽど分かっているのよ)
ディアナは唇を噛んだ。
(ああ、私も)
そしてかじかむように震えた。
(私も二年後には、あの連中の……)




