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8.ギルドにて 不死王調査の 種を蒔き

 先の回がお蔵入り予定なので、ちょっと冒頭被りますがご容赦ください。

 うーん、先の回、あるのとないのとどちらがいいんだろう……?

 翌日。王様から紹介状をせしめた私は、早速それを片手に魔術師ギルドを訪れていた。


 ちなみにここは、王都の城壁から外に出てすぐの城塞。魔術師ギルドの建物は、25年前の王都決戦時に使われた城塞を再利用しているのだ。


 なにしろ元城塞だけに、建物の頑丈さ、人員の収容能力と、遠慮せず攻撃魔法をぶっ放せる広場の確保には事欠かない。現在は全寮制の魔術研究開発育成組織として、王都の、引いては王国の魔法研究と教育の最先端をひた走っている、と言うことらしい。


 なお、今日はパーティの皆とは別行動を取っていて、ここに来たのは私一人だけ。昨日(きのう)一昨日(おとつい)で初仕事を済ませたから、今日はお休みにしたというわけだ。


 部外者の小娘のアポ無し訪問に対し、態度が悪かった受付のおっさん。そいつに王様名義の紹介状をドヤ顔で示してビビらせたりもしたけれど、ともあれ私は学長室に案内されたのだった。



              ◇   ◇   ◇



「"フライブルクの魔女"にお会いできて光栄です。学長のヨハン・ハーマンと申します」


 私が座った応接用のソファ、その対面に学長さんは腰を下ろしていた。王様と同じくらいの歳なのかな、五十代くらいの男性だ。魔術師ギルドの学長だけに、魔術師である事は間違いないんだろうけど、ローブではなくて仕立ての良さそうな平服を身に纏っている。そして学長さんは、白く染まった髪に人の良さそうな笑みを浮かべ、私に右手をさしのべてきた。


「アニー・フェイです。こちらこそ」


 短くしっかりとした握手を交わす。"フライブルクの魔女"と紹介状のどちらが効いているのか分からないけど、高々16歳の小娘にも丁寧な挨拶をする人のようだ。


「さて、アニーさん。当ギルドには、どのようなご用件でいらっしゃたのでしょうか?」


 改まった口調で問われた私は、しばし考え込む。


 さて、どう答えるべきか。今回の目的は、不死の王(アンデッドロード)、ヴィルヘルム・フォン・ホーエンハイム自身が書いた本、あるいは彼について書かれた本があるかどうかを調べる事。そりゃまあ、魔術師ギルドに依頼して調べて貰った方が、何か出てくる可能性は高いんだろうけど、逆に先を越されるリスクが出てくるからね。信頼できる誰かいればともかく、ここは自前で調べた方が良さそうだ。


 考えを決めた私は、あくまで些細な用件といった感じに理由を説明した。


「ちょっと調べたいことがありまして。図書館を使わせて頂きたいだけです」


「図書館……それだけですか?」


 王様の紹介状を持参した割にはささやかなお願いに、目を丸くしている。


「ええ。丁度良い所にコネがあったので使わせていただきましたが、そんなに大層な用があるわけじゃありませんから」


 と、一つ聞いてみたい事を思いついたので、ついでに質問してみた。


「そういえば、紹介状には何と?」


「国王陛下のご依頼によると、魔術師ギルドは"フライブルクの魔女"を全力で支援すべし、と。人員、施設、資材、無制限の使用を許可されています。そして、この投資は必ずや王国にとって有意義な報酬が得られるであろう、と」


 王様の大盤振る舞いに、苦笑しながら頭を掻く私。


「随分、買いかぶられているようですね。ともあれ、私としては目立たない形で、図書館に出入りできるようになる事だけが希望です」


 私の申し出に、(あご)に手をやってしばし考え込む学長さん。


「ふぅむ――そうですね。それでは、特別研究員の立場を用意しましょう。これなら、学内を出入りしても目立ちません。私としては、噂に名高い"フライブルクの魔女"に、教授の地位に就いていただきたい所ですが……」


 私は慌てて手を左右に振って拒絶する。冗談じゃないよね。まったく。


「教授なんてよしてください。先月まで学生ですよ? 柄じゃ有りませんし、16歳の教授だなんて、目立って仕方ないでしょう」


 この返答は想定の範囲内だったのか、学長さんはあっさり肩をすくめるばかり。


「承知しました。大抵の所にはそのまま立ち入れるようにしておきますが、各教授の研究室等には、その教授の許可が無ければ入れませんから、注意してください」


「ええ、それで問題ありません」


 私の返答に学長さんは二三度(うなづ)いた。


「それでは、本日からご利用になりますか?」


「はい、できれば」


「では、証明書を用意させておきますので、お帰りの際に受付にてお受け取りください。図書館に関しては、今つけられているゲスト用の証明書で問題ありませんから、すぐにご利用頂けますよ」


 その証明書があれば、入り口にあった入館ゲートがそのまま通れるようになるって事なのかな。これで気楽に来る事ができそうだ。私は頭を下げて学長さんに感謝の意を示した。


「ありがとうございます」


「あとは、学内のご案内ですが……私自身がご案内すると目立ってしまいますからね。学生に案内させましょう」


「はい、助かります」


 一人で散策して、おのぼりさんよろしくキョロキョロするのも目立つしねぇ。案内がつくのは助かるかな。


 私の返答を聞いた学長さんは、デスクの上に置いてあった呼び鈴を鳴らし、秘書なのかな? 一人の女性をを呼び出して、なにやら小声で指示を下していた。


「丁度、アニーさんと同郷の学生がいましてね。少々お待ちください」



              ◇   ◇   ◇



 呼び出された学生が来るまでの間、魔術師ギルドについてとりとめの無い話をしていた私と学長さんだったが、ノックの音にその会話は中断されたのだった。


「どなたかな?」


「ジェシカ・ベルモントです。お呼びと伺いましたが」


「ああ、入ってください」


 学長さんの声に応じて、一人の女の子が不安そうな表情で室内に入ってきた。


 年の頃は私と同じくらい。長いブロンドの髪を後ろに綺麗に結い上げた、かわいい女の子だ。ちなみに服装は学生共通のローブを纏っていて、その下は何を着ているかよく分からない。


 ただ、私はその顔に見覚えがあった。彼女は私の友人の一人でもあり、家庭教師で魔法を教えていた教え子でもある、ジェシカだった。二ヶ月ほど前に魔術師ギルドに入るために王都に向かったはずだから、まあ、ここにいるのは当然ではあるんだけど。


 ともあれ、彼女の顔を見た私は、ぽつりと名前を漏らす。


「あ、ジェシカだ」


「え……あ、アニー! どうしてここに!?」


 私の声を聞いたジェシカは、不安そうな表情が吹き飛び、驚きの余り目を丸くしている。学長さんも意外な展開に首を傾げているようだ。


「おや、同郷とは聞いていましたが、お知り合いでしたか」


「ええ、友人です」


「で、あれば、紹介は要りませんね。ジェシカくん。こちらのアニーさんには特別研究員として、当ギルドに参加していただく事になりました」


「は、はぁ……」


 いきなりの展開に、ジェシカは固まっている。学長さんは構わずに言葉を続けていた。


「本日は図書館にいらっしゃりたいとの事なので、ご案内をお願いします。それ以外の場所に関しては、アニーさんの希望があれば、それに従ってください。――よろしいですか?」


 にこやかな笑みを浮かべて、ジェシカに念を押す学長さん。ジェシカもようやく反応を示すことができたようだ。


「は、はい。承知しました」


「それでは、よろしくお願いします。アニーさんも、もし私に御用がありましたら、いつでもお申し付けください」


「はい、今日は色々手配いただき、ありがとうございました」


 私と学長さんは再び握手を交わし、私はジェシカと学長室を出て行ったのだった。



              ◇   ◇   ◇



 廊下に出てパタンと後ろで扉が閉まった瞬間、ジェシカは凄い勢いで顔を寄せてきた。


「アニー、これは一体どういうわけですか?」


 流石に部屋の目の前で大声を上げるわけには行かないから、あくまでひそひそ声での詰問だ。


「あはは……ま、まあ、とりあえず歩きながら、ね」


 廊下を歩きながら私は、ジェシカにこれまでの経緯をかくかくしかじかと説明した。


「でまぁ、その不死の王(アンデッドロード)がヴィルヘルム・フォン・ホーエンハイムって名乗ったから、この図書館に何かないかと思ってね。――どしたの?」


 振り向くとジェシカは壁に片手を掛けて、がっくりと(うつむ)いていた。


「入学して二ヶ月、なるべく目立たないように地味に生活してきたところで、いきなり学長さんに呼ばれたから何事かと思いましたが……私の平穏無事な勉強生活は早くも終わりを迎えてしまうのでしょうか?」


 とりあえず、笑いながらフォローを入れておく。


「研究生扱いで目立たないようにするから、大丈夫だと思うよ? ギルド内で騒ぎを起こしたりしなきゃ」


「アニーの場合、それが心配なんですけど!」


「と、とりあえず、自重はするよ……ところで、ジェシカの方は?」


 話題を変えるため、苦し紛れにジェシカに近況を聞いてみる。


「まだまだ勉強し始めた所ですよ。早く一人前になって、冒険者にならないといけませんからね」


 その言葉を聞いて、私は小首を傾げる。まあ、色々あったからねぇ。


「ま、ジェシカならできるんじゃないかな。我が一番弟子よ」


「言っておきますけど、弟子だなんて名乗りませんからね!」


 うーん、つれないなぁ。



              ◇   ◇   ◇



「こちらが図書館です」


 中庭を抜けて到着した図書館。それは元は礼拝堂だったのだろうか、大きな尖塔が非常に目立つ建物だった。


 中に入ると……そこは巨大な本棚で埋め尽くされていた。領主館(うち)の図書室もちょっとしたものだったけど、流石にこの規模じゃなかったなぁ。


「これは……凄いね」


 思わず呟いた私に、ジェシカは胸を反らせて自慢げに囁いてきた。


「何しろこの国一番の蔵書数ですからね! ……なので、いくらアニーでも、この中から目当ての本を手助けなしで探すのは難しいと思いますよ」


 図星を指された私は、顔をしかめて頭を掻くしかない。


「うーん、確かに、これは、住み込みで探すレベルだよね……」


「アニーからの依頼で、注目を浴びてしまうのを避けたいのでしたら、私名義で検索依頼を出してみましょうか?」


 ジェシカの提案を聞いた私は、しばし考え込んだ。彼に関わる書物が人の目に触れるリスクはあるけど、探す理由が分からなかったらまだマシなはず。いずれにせよ、一人じゃとても無理な物量相手だし、これは助けを借りるしかないなぁ。


「悪いけど……お願いできる?」


「問題ありませんよ。ヴィルヘルム・フォン・ホーエンハイムか、その一族が書いた、あるいは彼らについて書かれた本を探せばいいんですね?」


「うん、ごめん。わたしは歌う鷲獅子(グリフォン)亭と言う冒険者の宿に泊まってるから、何かあったら、そこに連絡頂戴」


「ええ、お任せあれ」


 ――ちなみにその後、時間が許す限り本を読み漁ってはみたんだけど、見事に成果なしに終わってしまった。


 うーん、これは長期戦かなぁ……

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