7.お忍びの 陛下はどうも 常連か
依頼報告を終えた私たちは、カウンターからテーブル席に移って夕食を食べ始めていた。
食べ始めて間もなく、私たちの目の前に一人の男性がやってきた。50代くらいだろうか。平服を着て剣を腰から下げた、白髪交じりの戦士さんだ。
あれ、でも、どこかで見たような……
「よう、初めての冒険、お疲れさん」
「へ、へいっ!(もぎゅ)」
私は、「陛下」と叫びかけた口を慌てて手で押さえる。そう、私たちの目の前に立っていたのは、この国を治めるロドリック王その人だった。私たちは、数日前に王城の謁見の間で顔を会わせて以来かな。もちろん、謁見の間で豪奢な服を着ていたのと異なり、今はどう見ても冒険者と言った風情の服装をしているんだけど。
もちろんシャイラさん達も、目を丸くして王様を見詰めている。
「座っていいかな?」
「ど、どうぞ」
私は慌てて、空いている席を指して座って貰う。とりあえず、周りの席に聞こえないような小さな声で聞いてみた。
(陛下、なんでこんなところにいらっしゃるんですか!?)
(なに、山が吹っ飛んだ報告が入ってきたからな、今日くらいに帰ってくるだろうと思って張っていたんだ。それにしても、いきなり不死の王とは、なかなかのトラブルメーカーだな)
そして王様は、普通の声に戻って言葉を続けた。
「なに、隠居した冒険者として、若手の冒険談を聞くのが趣味でね。オレの事は、ルディと呼んでくれ」
本名がロドリック陛下だから、まあ、分かりやすい偽名かなあ。
「はあ、初めまして。そのルディさんは、ここにはよくいらっしゃるんですか?」
「まあ、昔なじみだから、偶に、な」
王宮じゃ味わえない、冒険者の酒場の雰囲気を味わいに来ているのかな。
と、私は、せっかく貴族とかに詳しそうな王様が来てくれたんだから、聞きたい事がある事を思い出した。いきなり無礼討ちになんてならない事を祈りつつ、図々しく聞いてみる。
「そうだ、その不死の王なんですけど、ヴィルヘルム・フォン・ホーエンハイムと貴族らしい名前を名乗ったんですが、ルディさんはこの名前について、何かご存じありません?」
私の質問に、王様は少しの間考え込んだ。しかし、割とあっさりと肩をすくめる。
「ふむ……いや、知らんな。だがその名前は、確かに貴族のようだ。で、あれば、紋章院なら分かるだろう。調べさせるか?」
紋章院というのは、お貴族様がそれぞれ持っている紋章を管理する国の機関。家系図を管理しているようなものだから、貴族でさえあれば、名前や領地などを追う事は確かにできると思う。
「お願いできるんですか?」
「そいつは有力な魔法を開発していたんだろ? で、あれば、他に領地などがあれば、そこに何か有益な情報が眠っているかも知れん。その代わり、面白い情報があれば、オレにも教えろよ? それが取引の条件だ」
ふむ、まあ、妥当な条件かなぁ。仮にも自分が住んでる国だから、情報を渡しても問題無いだろう。まあ、あんまし世界の戦力バランスを崩しそうな魔法だったら、自主規制するかも知れないけど。
そう思った私は、二つ返事で承諾する。
「ええ、もちろん。お願いします」
「わかった。何かわかったら、ここに言付けることにしよう」
「ありがとうございます」
と言いつつ、更に図々しいことをお願いする。
「そうだ、魔術師ギルドへの紹介状っていただけます? 魔法の研究者だっただけに、何か記録が残っているかも知れません」
「ふむ、そうだな。よし、カウンターで便箋と封筒、封蝋を買ってきてくれるか」
と、銀貨一枚を渡してくれた。私がカウンターで言われた物を買ってきて王様に渡すと、王様はさらさらと便箋に何やらしたためてくれた。そして、その便箋を封筒に納めると、落とした封蝋に指輪を押し当てて封印する。
「これでいいか?」
「あ、はい。ありがとうございます。助かります」
紹介状を受け取った私が大事そうに鞄にしまい込むと、王様は最後に残っていたエールを飲み干し、ジョッキをテーブルに置いて立ち上がった。
「それじゃあな。いい加減戻らないといかん」
と、去りかけたところで、立ち止まって振り向いた。
「そうだ、一つ忘れていた」
「なんです?」
首を傾げる私に、腰に佩いた剣を軽く叩く王様。
「お前さん達、せっかく用意した"銅の剣"、忘れていっただろう」
王城で謁見を受けた時、褒美として金貨50枚と銅の剣を用意してくれていた。ただ、金貨50枚は冒険者学校の授業料の借金で相殺されて、私たちの手には入らず、銅の剣は正直言って、ただのなまくらに過ぎなかったため、私たちは控え室に忘れて退出していた。
「要りませんよ、そんななまくら」
「勇者を探索に送り出すには、金貨50枚と銅の剣が不可欠だって聞いたから、わざわざ作らせたんだがなぁ」
「そんなのは、檜の棒とかしか持ってない勇者様にでもあげてください。と言うか、わたし達は単なる冒険者であって、勇者じゃありませんよ?」
「まあ、今はな。ともあれ、オレはお前達全員に期待している。まずは名を上げて、そんじょ其処らの冒険者との格の違いを見せつけて欲しい」
「ご期待に添えるかどうかは、分かりませんが、やれるだけの事はやってみますよ」
「うむ。ではまた、いずれ。新しい冒険談を楽しみに待っているぞ」
と、王様は片手を上げて挨拶しながら酒場から去って行った。
王様が扉の外に消えていくまで、何となくその背中を見送っていた私たちは、互いの顔を見合わせる。
「なんだか、えらく期待されているみたい?」
「現在の立場はともかくとして、かつては英雄とまで呼ばれた冒険者だからね。その視点から見て期待されているのであれば、喜ばしい事ではないかな」
「一応、全員、とは言うてたしねぇ」
「まだ駆け出しですからね! 一つ一つ片付けて行くしかないでしょう!」
ともあれ私たちは、夕食の続きを再開したのであった。
◇ ◇ ◇
ここで視点はロドリック王に移り変わる。
冒険者の酒場「歌う鷲獅子亭」を出たロドリック王は、大通りを少し歩いたかと思うと、ひょいとばかりに路地の方に入り込んだ。
そこには、立派な馬車が目立たないように停めてあった。ロドリック王の姿を見た御者は、一礼すると馬車の扉を開ける。
「ご苦労。王城に戻るぞ」
「はっ」
ロドリック王は御者に一声掛けると、そのまま客室の座席にどっかりと座り込んだ。王に対面する座席には、ロドリック王の執事であるルーカスが着いていた。
御者が軽く鞭を振るうと、馬車はゴトゴト言いながら路地から出て走り始めた。
「陛下、変装して冒険者の酒場に向かうなど、いささかお戯れが過ぎるのではないでしょうか?」
「なに、あいつ等の様子を見たかったのでな。無事に冒険者としての第一歩は踏み出せたようだ」
「彼らの様子を気にされるのであれば、手放さずに手元に置かれたまま方がよろしかったのでは?」
ロドリックは、通り過ぎる"歌う鷲獅子亭"の方を眺めながら、ルーカスの苦言に対して答える。
「ああいうのは組織の中で囲うより、まずは野に放った方が伸びるタイプだからな。必要になるまでは囲わない方がいいだろう」
「そうやって余裕を持っていて、いざ囲おうとした時に拒否されても知りませんよ?」
「う……」
顔をしかめたロドリックは、誤魔化すように別の話題を持ち出した。
「ところで、混沌の大陸の方がきな臭くなっているというのは本当なんだな?」
「はい。近々、25年ぶりの族長会議が開催されるようです。そこで統一の証である大皇が襲名される可能性が高いかと」
ロドリックは見えなくなった"歌う鷲獅子亭"から目を離し、座席の背もたれにもたれかかった。
「そうか……あいつらの成長が間に合うといいんだが」
「大皇の襲名だけで、神を降臨させる力を持っていない事を祈るのみですよ」
「ああ。今回はあいつ抜きでやらんとならん。神を降臨されると対抗できるかどうか」
渋い顔をするロドリックに、ルーカスは質問を投げかける。
「"フライブルクの魔女"でも無理ですか?」
「確かに、人としては異常な力を持っている。だが、現状ではまだ神には及ばん。あとは、神の器量を身につけられるかどうか……だが」
そして、ロドリックは頭の中で一人の女性の顔を思い浮かべながら、口の中で誰に聞かせるともなく呟いた。
「あいつの娘だ。必ずうまくやるさ」
その後はお互い無言になり、馬車は王城へ向かう暗闇に消えていったのだった。




