5.魔女ならば まるて天災 扱いか
私が不死の王を倒すために吹っ飛ばした山の件で、冒険者の酒場にやってきた騎士隊長のクレアさん。私は騎士隊長さんとの事情聴取の中で、自分自身が杖に乗って空を飛び、光を放って山を砕くと謳われる『フライブルクの魔女』である事を明かしたのだった。
そして話が丁度佳境に入ったところで、冒険に同行してくれていた魔術師のエマさんと戦士のリアムさんが、酒場に到着していた事に私は気付く。
「エマさん!」
「話に熱が入っていたところだったから、邪魔しないようにこっそり入ってきたんだけど、丁度いいタイミングだったかしら?」
私が声を掛けると、戸口に立っていたエマさんとリアムさんは、私たちのテーブルの方に歩み寄ってきた。
◇ ◇ ◇
「お久しぶり、クレア。この子達の冒険には、私たちも付き添っていたの。この子が言っている事は本当よ」
そしてエマさんは、一枚の羊皮紙を懐から取り出して、騎士隊長さんの前に広げて置いた。――あれ、騎士隊長さんを呼び捨てなんだ。知り合いなのかな?
「これは、不死の王に対する、うちの賢者の鑑定結果と、山の破壊が不可抗力であった事を示す上申書。もちろん、うちのクランマスターのサイン入り。民間のクランといえども、うちの規模だったらそれなりに箔はついているはずよね?」
騎士隊長さんはその羊皮紙を取り上げると、素早く目を走らせた。
「久しぶりね、エマ。――ええ、そうね。これがあれば、報告書もすんなり通ると思うわ」
「そして、この子の正体。これで分かったわよね?」
騎士隊長さんは羊皮紙に落としていた視線を私に移し、少し時間を置いてから回答した。
「ええ。――フライブルクの魔女、ね。そうであれば、山の被害は気にすることないわよ? 国が負うことになってるから」
国が被害の責任を負うと言うのは予想外の返答だったらしく、エマさんは困惑した声を上げる。
「どういうこと?」
騎士隊長さんは口の端を僅かに緩めて苦笑交じりに返答する。
「"魔女は世俗の権威に従うことなく、我等はただ伏して過ぎ去るのを待つのみ"――『フライブルクの魔女』がもたらした被害は、はぐれドラゴンや竜巻のような天災扱いとして、国庫で処理する事になったのよ」
「――!」
エマさんは目を見開いてこちらを見て、絞り出すような声を出した。
「つくづく、あなた、人外魔境ね」
「あはははは……」
私は頭を掻いて苦笑いするしかない。私自身、そんな布告が出ているなんて知らなかったし。いよいよはぐれドラゴン扱いか……
と、ここで私はエマさん達が城門で別行動を取った理由に気がついた。私が不死の王と交戦した事を語ると、間違いなく騎士団に連絡が行く。私の証言が虚構と判断されるか、または、信じてくれたとしても、山を吹っ飛ばした責任を問われる可能性は充分ある。その対策として、この書類を準備してくれていたんだろう。
それに気付いた私は、エマさんとリアムさんに深々と頭を下げた。
「エマさんにリアムさん。わざわざありがとうございました。このために別行動を取ったんですね」
「さすがに、新米パーティが不死の王に遭遇して、しかも倒してしまうなんて話、騎士団に通すのが難しいと思ったからね。――まあ、これがなくても解決していたみたいだが」
肩をすくめるリアムさん。でも、私がはぐれドラゴン扱いされているなんて事は普通なら想定している方がおかしいだろう。普通なら、少なくとも詰所に連行されて朝まで事情聴取なんて事になっていた筈なんだから。
「いえ、本当に心遣いありがとうございました」
と、私と仲間達は、改めてエマさんとリアムさんに頭を下げたのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、この件はこれで終わりね」
と言いながら、騎士隊長さんは席を立つ。
「今日の所は、これで失礼させて貰うわ。あなたと……あなたのお友達の話も、是非聞いてみたいのだけれど、一刻も早く報告書を上げなきゃならなくて。――また非番の時にでも、ぜひお話を聞かせて貰えるかしら?」
「はい、構いませんよ」
「ありがとう。それでは、ね」
騎士隊長さんは、私たちに向かって軽く挨拶の手振りをした後に、カツカツと鋭い足音を立てながら酒場から出ていった。騎士隊長さんの馬であろう、蹄が石畳を叩く音が遠ざかっていった後、私はカウンターに立つニーナさんのところに歩み寄って行く。
「あの、ニーナさん」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
私が声を掛けると、なぜかニーナさんはびくっとして後ずさっていた。えーと、怯えてる?
「どうかしました?」
「そ、その、魔女様に対して、Gランク冒険者なんて扱いをしてしまって……お願いですから、木偶人形に変えるのは止めて下さぁいっ!」
まるでその場で土下座しかねない勢いで謝り倒すニーナさん。あらら、カウンターの後ろに隠れちゃった。まあ、それはさおき……木偶人形って、なに?
「木偶人形って、どういう事ですか?」
私の質問に、カウンターの下からニーナさんの声だけが聞こえてくる。
「その……フライブルクの魔女様に逆らうと、木偶人形に変えられてオモチャ屋に売り飛ばされるって」
「ええー……?」
なんだかひどく誤解されているような状況に、ちょっと頭が痛くなってきた私は、眉間に指をやって揉みほぐす。気分を落ち着かせるために、二、三度深呼吸をした後に、私はニーナさんに対して口を開いた。
「そんな変な事はしませんから、大丈夫ですよ。誰から聞いたんです? そんな与太話」
ニーナさん、隠れていたカウンターから、少しだけ顔を出してきた。
「たまに酒場に来る吟遊詩人さんとか、旅の冒険者さんからの噂話で聞いたんですけど……」
「噂話ねぇ……良かったら、『フライブルクの魔女』について、ニーナさんが聞いている話を教えて頂けませんか?」」
私の声に、ニーナさんはおずおずと立ち上がってきた。
「えーと、私が聞いた話では――」
◇ ◇ ◇
ニーナさんが語った『フライブルクの魔女』に関する噂は、なかなかにして豪快な物だった。
曰く、杖に乗って空を飛ぶ。光を放って山も砕く。――うん、まあ、ここまでは私も知ってた。仕方ないよね、目立つのは。空を飛ぶ方法は他に使う人居ないし。山を砕くような魔法だって伝説でしか聞いた事ない。
でも、噂話にはまだ続きがあった。
曰く、年若い女性に見えるが、その齢は優に数百年を越えている。反抗する人間を木偶人形に変えてオモチャ屋に売り飛ばす。古今東西の魔術について熟知している。フライブルク近郊の巨大な老木の家に住んでいて、怪しげな釜をかき混ぜている。首を切っても死なずに勝手に復活する。魔法少女に変身して人知れず悪を抹殺して回っている。魔神すら従える事が可能で、逆らった魔神を一撃で葬り去った。等々。
――まあ、虚実ないまぜって感じ? 流石に100%嘘は少ないんだけど、たちが悪い事に途中まで本当で、後から尾ひれが付いている物が多い気がする。
例えば木偶人形の件は、心当たりがないでもなかったりするのよね。スリを働いた人間を懲らしめる時に、"幻覚"を使ってそいつの右手を木偶人形のように変えた事があったから。「次やったら、今度は全身変えて、オモチャ屋に売り飛ばすぞ!」ってね。その話に尾ひれがついたんだろうなぁ。
ちなみに説明の間は、シャイラさんは「ふむ、なるほど」と興味深そうに、クリスは「えらい事になっとるなぁ」みたいな感じでニヤニヤしながら、そしてマリアは「そうだったんですね! 知りませんでした!」と、割と真に受けた感じで聞いていた。いや、マリアは私の事、知ってるよね? 少しは疑おうよ……
そして、私はどうしていたかと言うと。
「まーじかー……」
色々尾ひれの付いた衝撃的な噂の内容に、カウンターにべったり顎をついてもたれ掛かってしまっていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「うんー……大丈夫ー……」
心配して声を掛けてくれたニーナさんに、顔を上げて返事をしてから、よっこいしょと身体を起こす。とりあえず、誤解を解かないと、話が進みそうにないよね。
「えーと、ですね……まず、魔女って言うのは、正直、この格好からついた名前だと思うんですよね」
と、自らの格好――濃紺の魔術師の帽子に外套を示しながら説明する。まあ、これでホウキじゃないけど、杖に乗って飛んでいれば、魔女に見えなくはないよね。
「それから、いま伺った噂は正直、尾ひれが付きまくっていますね。――まあ、王都まで伝わる途中で、吟遊詩人がウケ狙いで誇張しまくったんでしょうけど」
「そ、そうですよね!? 首を切られて死なない人間なんていませんよね!?」
同意を求めるニーナさんに、複雑な笑みを浮かべる私。うん、首を切られて死なないのはホントなんだ。理由は知らないけど、勝手に回復するっぽい。
「ともあれ、私自身はただの魔術師で、今回が初冒険という、たかだか16歳の女の子の冒険者に過ぎません。ニーナさんも、そんな感じで扱って貰えると嬉しいです。呼び方も、魔女じゃなくて、名前で、ね」
「はい、そうさせていただきます。動揺してしまって、ごめんなさい」
よし、なんとか最低限の誤解は解けたようだ。そこで私は、冒険談を語ってから中断していた、依頼報告の続き――つまり、報酬の受け取りと、ランク確認――を再開するよう、お願いする事にした。
「それじゃそろそろ、依頼報告の方に戻りません?」




