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4.酒場にて 冒険譚が 疑われ

 初めての冒険から無事生還した私たちは、冒険者の宿「歌う鷲獅子(グリフォン)亭」でエール酒を片手に報告がてらの冒険談を語っていた。

 で、無事に解決したところまで話は進んだんだけど……なぜか、酒場の中は静まりかえってしまい、近くのテーブル席に座っていた戦士にツッコまれたりしていたのだった。


「いやいやいやいやいや! おかしいだろ!?」


「――え、どこが?」


 私は、首を傾げる。私より三つ四つくらい年上……つまり、二十歳そこそこに見える戦士の男性は、ついに私の方を向いて立ち上がった。


「全部だよ、全部! なんで初仕事のゴブリン退治で、古代竜並の強さの不死の王(アンデッドロード)が出てくるんだよ!」


「なんで出てくるって言われても……出てきちゃったんだもん、仕方ないでしょ?」


 私は肩をすくめた後に言葉を続ける。


「まあ、なにしろ初仕事ですから? ただのスケルトンを見間違えたのかもしれませんけど?」


「ふ、ふん! ほら見ろ!」


 なぜか偉そうに威張る戦士さん。


「ちなみにそいつは、同行者が使った"電撃"を、完全に弾くような防御魔法を使ったんですけどね」


「ふーん……?」


 残念ながら、魔法に詳しくない戦士さんには、これが意味する事が分からなかったようだ。


 ただ、他のテーブルに座る魔術師達は、見事に顔色を変えている。"電撃"は、中堅冒険者にとっては、本当にヤバい敵が出た時に使う、最後の切り札に近い魔法。そりゃまあ、上級冒険者にとっては、数ある攻撃魔法の一つにはなってしまうんだけど……いずれにせよ、それがノーダメージなんて事は、普通はあり得ないからね。


「ま、まあ……百歩譲って、不死の王(アンデッドロード)が本当だったとしても。なんで初冒険でそんなのを倒せてるんだよっ!」


「わたしは……ほら」


 私は顎の下に人差し指を立てて、考え込む素振りを見せる。


「ほら?」


「強いから」


 しれっと言い放った私の言葉に、戦士さんは頭を抱えた。まあ、私の格好、魔術師の帽子(ウィザーズハット)外套(クローク)は魔術師っぽくはあるんだけど、あとは極普通の白いシャツに赤いキルトスカートだからねぇ。せいぜい普通の女の子が魔術師のコスプレしているようにしか見えないかも。


 ちなみに、カウンター席の二つ隣りで聞いていた斥候のクリスは、私の返事を聞いてぷっと吹き出したりしている。ちらっと彼女の方を見ると「アニさん、遊んではるなぁ」みたいな顔をして、ニヤニヤしながら私の方を見詰めていた。


「な、なんだそりゃ!? じゃ、じゃあ、証拠とか戦利品は!?」


「戦利品……ねぇ」


 私は遠い目をする。


「ぜーんぶ、見事に、吹き飛ばしちゃったのよね……山ごと」


「や、や、山ごとぉ!? そんな、デタラメ……」


「まあ、証拠、ないからね。王都(ここ)からじゃ、吹き飛んだ部分の山は見えないし。デタラメでも何でも結構結構コケコッコーよ」


 肩をすくめる私に、また呆然とする戦士さん。

 と、その時、私の後ろから声が掛けられた。


「あ、アニーさん?」


 振り向くと、ようやく立ち直ったらしい冒険者組合の受付嬢兼、酒場の看板娘であるニーナさん――二十代前半のしっかりした金髪美人さん――が、眉間にしわを寄せながら、私に話しかけて来た。


「その、最初の冒険が成功して舞い上がるのは分かるんですが、王都の冒険者組合って、民営ながら、公的な責任もある程度負わされている組合なんです」


「はい、そんな感じに聞きましたね」


「なので、大物のモンスターが出たら、騎士団に報告する義務があるんですよ。そこで虚偽報告をしてしまうと、最悪、罰せられるんですが、本当に本当なんですね?」


 念を押すニーナさんに、私は力強く肯く。


「ええ、間違いありません」


「分かりました。では、詰所に連絡しますから、騎士団の方に改めて報告をお願いできますか?」


 ニーナさんはそう告げると、下働きの男の子に声を掛けて、騎士団の詰め所から誰か呼んでくるようにお願いしたのだった。



              ◇   ◇   ◇



 その男の子が扉から出ようとした時、外から入ってきた人にぶつかりそうになっていた。


「うわっ!」


「あら、失礼」


 酒場に入ってきたのは、白く輝くプレートメイルを着た、栗色の髪を持つ若い女性だった。王城で見た事があるような鎧だから、騎士団員、かな?

 ニーナさんが彼女の顔を見ると、意外そうな顔をして声を掛けた。


「あら、クレアさんじゃないですか? 騎士隊長さんが、冒険者の酒場に何かご用ですか?」


「ちょっと急ぎの用があったのよ。そちらも取り込み中、かしら?」


「あ、はい、ちょっと大物と遭遇した話が出ていまして。丁度、詰め所の方に連絡しようとしていた所だったんです」


 へえ、若い女の人なのに、騎士隊長さんなんだ。


 年上の分、柔らかさは感じるけど、きりっとした雰囲気が、シャイラさんに通ずるものがあるかも。と思ってシャイラさんの方を見ると、彼女も興味深そうな表情で騎士隊長さんを眺めていた。もっとも、顔とかを見ているわけではなくて、剣士の(さが)なのか、装備や足の運びなんかを見ているようだけど。


「ふぅん。ま、それは後で聞かせて貰うわね。悪いけど、こちらの用事を先に済まさせて貰うわ」


 騎士隊長(クレア)さんは、酒場の中を大股に突っ切ってカウンターまで歩いてきて、懐から取り出した羊皮紙をカウンターの上にバンと置いた。そして、テーブル席の方を振り向いて凜とした声を上げる。


「昨日、強力な魔法か、それに類した攻撃によって王都近郊の山が消し飛んだと言う報告がありました。村長に話を聞いたところ、この"歌う鷲獅子(グリフォン)亭"で紹介された冒険者が関係しているとの事ですが……この中に、ベガス村の依頼を受けた者はいますか?」


 それを聞いた酒場の全員、一瞬硬直した後に、ぎぎぎと顔を動かして私の方を見詰めて来た。その様子を見た騎士隊長さんは、(いぶか)しげに私の方に視線を向ける。


「ん?」


 私は皆の注目を浴びながら、騎士隊長さんに向かって小さく手を挙げざるを得なかった。


「あ、はい、わたしたちです」


「あなた達が……? 悪いけど、詳しい話を聞かせて貰えるかしら?」


 騎士隊長さんは、手を挙げたのが年若い女の子パーティと言う事に驚きの色を示しつつ、ニーナさんに声を掛ける。


「――個室を使っていい?」


「はい、今は空いていますから結構ですよ」


「ありがとう。それじゃ、個室でお話、伺えますか?」


 奥の方に向かいかけた騎士隊長さんに対して、私は声を掛けた。


「あの、ちょうど今、ここでその話をしていた所なんですよ。後で説明し直すのも二度手間なので、ここでやっちゃいません?」


 騎士隊長さんは一瞬思案したが、すぐに肯いて了承してくれたのだった。


「――あなたが構わないのなら、それでも」



              ◇   ◇   ◇



 私たちはカウンターにほど近いテーブルに移り、最初から話し始めた。私の対面に座った騎士隊長さんと他のテーブルに座っている人達は、私の話にじっと耳をそばだてている。


「――なるほどね。遺跡の奥、おそらく最近まで封印されていたと思われる書斎に、ローブを着た骸骨がいた、と」


「そして、彼が唱えた防御魔法は、パーティメンバーの魔術師――ここにはいませんが――が放った"雷撃"を完全に弾きました。通常知られている防御魔法で、ここまで強力なものは聞いた事がありません」


 騎士隊長さんは顎の下に手をやり、少し首を傾げている。


「私は魔法の事はよくは分かりませんが……少なくとも、それが単なるスケルトンなどではなかった、と?」


「はい。肉体があったり、逆に、霊体しかなかったりすれば、魔法を使う不死の者(アンデッド)は複数存在します。でも、骸骨の状態で知能があり、しかも、高度な魔法を使うモンスターは、かなり限られますね。――私は、()不死の王(アンデッドロード)だと判断しました」


 不死の王(アンデッドロード)の名前を聞いた騎士隊長さんは、片方の眉をぴくりと上げた。


不死の王(アンデッドロード)? 確か、伝説級の魔術師が魔法によって、自らを不死の者(アンデッド)に変化させた怪物……?」


「その通りです。高レベルの魔法を、強大な魔力を以て行使し、接近戦ではエナジードレインまで使いこなす、下手なドラゴンよりも危険な怪物です」


「なるほど。では、不死の王(アンデッドロード)が現れたのだとして……」


 騎士隊長さんは、そこまで話すと椅子に座り直して、肘をついて両手を口の前で組んだ。


「――あなた達は、それを、どうやって倒したのかしら?」


 私は、肩をすくめながら回答する。


「幸運な事に、彼は私たちをナメてくれていました。私たちは急ぎ洞窟の外まで撤退しましたが、彼は私たちをゆっくり歩いて追いかけて来て、私たちに先制攻撃の余裕を与えてくれました。そして――私の魔法で、彼を倒す事ができたと言う訳です」


「と、言う事は、不死の王(アンデッドロード)は攻撃魔法を一度も使わなかった?」


「はい、幸いにも。彼が一発でも攻撃魔法を使っていると、私たちはそれで確実に全滅していたでしょう。彼と違って、そこまで有効な防御呪文は持っていませんから」


 騎士隊長さんは、少しの間考えた後、ゆっくりと口を開く。


「つまり――あなたが、山を吹き飛ばした? 不死の王(アンデッドロード)ではなくて?」


 あれ? 不死の王(アンデッドロード)が吹き飛ばしたと思ってたんだ。


「あなたは一体、何者?」


 改めて問われると、少し困ってしまう。私は、眉をひそめて少し困った顔をしながら、答え始めた。


「何者だ、と言われても、何と答えればいいのか……地方から出てきて、初めて冒険の旅に出た、新米冒険者ですよ?」


 騎士隊長さんの口が開いて、何か言おうとしている所にかぶせるように、私は言葉を続ける。


「ただ、こう噂されているようですけどね」


「「"フライブルクに一人の魔術師あり。彼の者、杖に乗りて宙を舞い、光を放ちて山をも砕く……人はそれを魔女と呼ばん"」」


 私の事を謳っている(うた)を述べる私の声に、もう一人別の声がハモっていた。驚いた私が見回すと、戸口に見知った顔を見つけた。――エマさんだ!


 ちなみにエマさんの横には、戦士のリアムさんも立っていて、私に向かって笑みを浮かべながら手を振っていた。


「エマさん!」


「話に熱が入っていたところだったから、邪魔しないようにこっそり入ってきたんだけど、丁度いいタイミングだったかしら?」

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