2.初ダンジョン 中には誰が いるのかな
ゴブリン退治のため、遺跡の側にある洞窟を訪れた私たち一行。ところがそこで、ゴブリンではなくゴブリンゾンビと遭遇してしまう。
ゴブリンゾンビそのものは楽な敵であるものの、それは死霊術師の存在を意味していた。しかしそれでも、今後起こりうる危険を解決するために、私たちは洞窟を調査する事を決める。
洞窟の入り口から入ってしばらく進むと、途中で三叉路が現れた。直進と、右方向に道が分かれている。
私たちは分かれ道の中央で、ひそひそ声で相談した。
「右が脇道っぽいから、右から行ってみようか」
「せやな」
「もう1本の道から来る可能性もあるので、最後尾のリアムさんは特に後方警戒をお願いします」
「ああ、そうだな」
と言う訳で三叉路を右に曲がり、進撃再開。
◇ ◇ ◇
少し進むとすぐに、少し広くなった部屋にぶつかった。地面には寝床らしきボロ布やムシロが転がっているが、それに寝ている者はなく、ぼーっと突っ立っている小さな人影が5~6体あるだけだった。
そして、私たちの明かりが彼らに当たった途端に、彼らはゆっくりこちらを振り向いて戦闘態勢を取る。ゴブリンゾンビだ!
「接敵! 前衛三人は前進、エマさんは待機。リアムさんは後方警戒継続で」
私の指示により、全員行動を開始する。
うーん、部屋の中、ちょっと暗いかな?
「"マナよ、光となりて我が前を照らせ"――照明」
私は懐から小石を取り出し、"照明"をそれに掛けて部屋の中に放り込む。これで見やすくなったと思う。
必要な仕事を終えた私は、前衛三人の戦い振りを観察し始めた。
最初に攻撃したのは剣士のシャイラさん。右手に構えた極東の村正とか言う打刀で切りつけると、あっさりゴブリンゾンビの首が飛び、そいつはそのまま倒れ伏す。うん、まったく心配なさそうだ。
次は神官戦士のマリア。
「そお~れぇっ!」
巨大な両刃斧を、力任せに横にぶぅんと振り回すと、ゴブリンゾンビは見事に胴体から真っ二つに。
「邪悪は許しません!」
「マリア、頭を!」
どやぁと、見得を切っているマリアに、私は警告を発する。
「え……ほわっ!?」
マリアの足下に、上半身だけとなったゴブリンゾンビが這いずり寄ってきていた。慌ててバックジャンプで距離を取り、今度は斧を縦に振るって頭ごと真っ二つ。これでようやくゴブリンゾンビは動きを止めたのだった。
さて、斥候のクリスは、と。
ゴブリンゾンビが反応すら示す前に、素早く後ろに回り込んでいる。そして、ゴブリンゾンビの喉笛を短剣で一閃。
「ほい、一匹目!」
が、しかし、そのゴブリンゾンビは喉笛に巨大な切り傷ができたまま、ゆっくりとクリスの方を振り向こうとしていた。――生物だったら即死なんだろうけど、ゾンビじゃ死なないよね。
「うわ、キモっ!?」
「クリス、後ろに下がって! シャイラさん、お願い!」
「承知!」
こうしてゴブリンゾンビは、哀れ首を飛ばされたのだった。
残ったゴブリンゾンビたちは、シャイラさんとマリアの手によってあっさり一掃された。――ちなみにマリアは、先程の失敗を踏まえ、脳天から足下まで縦に真っ二つにすると言う戦法に変更している。それはそれで、ちょっとグロかったよ……
「次は、投石帯に石入れて直接殴った方がええかなぁ?」
「うーん、頭潰せると思うけど、スリング、汚れるよ? 腐汁が染みこむと洗いづらいし。余程でない限り、シャイラさんとマリアだけで充分じゃないかな」
「せやなぁ」
クリスは返事しながら、念のため周辺の壁を調べている。
「さすがに、完全に自然洞窟やな。隠し扉って感じはなさそうやわ」
「それじゃ、三叉路に戻って直進、かな」
◇ ◇ ◇
三叉路まで戻り、今度は奥に向かって真っ直ぐ進む私たち。しばらく歩いていると、また広い部屋に遭遇した。
今度は先ほどより少し広く、奥の壁が煉瓦造り――つまり、人の手によって作られた壁になっている事に気がつく。そして何より、その壁に開いた亀裂から明かりが漏れていて、部屋が薄ぼんやりと明るくなっていた。
私たちは部屋の中から気付かれないよう、入り口の物陰から慎重に中を観察した。
やはり先ほどと同じように、ぼーっと数体のゴブリンゾンビが突っ立っている。たぶん、こちらに気がついたら攻撃してくるんだろう。でも、ゴブリンゾンビ以外の生物、死霊術師らしき姿は見えない。
私たちは洞窟を少し戻って、小声で相談を始める。
「死霊術師、いるとしたら壁の奥だと思う?」
「まあ、そうだろうね」
と、シャイラさん。
「ゴブリンゾンビを誘導して、廊下に引きずり込んで戦う事もできるけど、こんな狭いところじゃ、もし死霊術師に気付かれると一網打尽だよね。となれば……」
私は爪をかみながら少し考える。
「――シャイラさんとマリアは、まず正面からゾンビを倒す。そして、クリスとリアムさんは、壁際を迂回して亀裂の左右に立って、もし死霊術師や新手が亀裂から出てきたら、側方から攻撃する。私とエマさんはそれぞれ壁際の中間地点で待機して、様子をうかがう。――こんなところかな?」
みんな同意して、作戦の準備を行う。
リアムさんは私の肩をぽんと叩いて「本当に初冒険なのか? いい指揮だと思うぞ」と言ってくれた。
「戦闘開始!」
私の合図で行動開始し――ゴブリンゾンビたちは瞬殺されたのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、問題はこの中かな」
洞窟の壁にできた亀裂を確認してみたが、どうも断面を見ると比較的最近崩れたように見える。この間あったと村長が言っていた地震で崩れたのかもしれない。
中を覗いてみると、正面は踊り場になっていて、上への階段は瓦礫の山で埋まっていた。そして、右に短い道があって、その突き当たりに木製の立派な扉がある。壁には恐らく魔法の力で動いているランタンが掛かっていて、廊下を明るく照らしている。
クリスが先行して進入し、つきあたりの扉の周りを調べ始めた。
――すると、中から声が聞こえてきた。ただ、金属が軋むような精神を逆立てる声だ。
『盗賊か? 罠なぞ無い。扉を開けたまえ』
気配を察知された事に、驚いた顔をするクリス。確かに、彼女はほとんど無音で行動していた筈なのに!
(私が"雷撃"を放ちます。前に行きますよ)
エマさんが私にささやいてから慎重に廊下に進入して、踊り場の反対側ですぐに隠れられるように待機する。
部屋の中の誰かさんの攻撃魔法を警戒し、皆は洞窟に待機のままだ。
クリスがこちらを見て、開けていいかと言う素振りをするので、私は彼女に開けるようジェスチャーをした。
彼女はそれに従って、ゆっくりとドアノブを回して扉を内側に開いていった。
――部屋の中は広い書斎のようになっており、壁に大量の書物が積み上がった本棚が見える。そして、豪華な机と椅子があり、そこに座っているのは……ローブを着た骸骨だった。
禍々しいオーラを放っており、目の奥にはちらちらと赤い光が見えている。
『使えぬゴブリンばかりで困っていた所だ。人間ならば我の僕として最適だな』
と言い放ち、骸骨はゆらりと立ち上がった。
私は、特徴から可能性のあるモンスターを必死で洗い出す。
「知恵と意志があって、肉体が無くて骨だけで、他者をゾンビに変えられて、この禍々しいオーラ……スケルトンじゃない。食屍鬼でもない、吸血鬼でもなさそう。――まさか、まさか、"不死の王"!?」
"不死の王"――極めて高レベルの魔術師が、自分自身に不死となる魔法をかけて転生した存在。永遠の生命から来る人智を越えた魔法の知識と、強大な魔力による強力無比な魔法を駆使する、ドラゴン並かそれ以上に危険な存在だ。
エマさんはその声を聞いて、即座に"雷撃"の詠唱を開始する。クリスは詠唱を聞いて、巻き込まれないように慌ててこちらに戻ってきた。
「"マナよ、天空の怒り、稲妻となりて我が前の者どもを討ち倒せ"――」
その詠唱中に、骸骨は喋りながら詠唱無しで魔法を発動させた。
『いきなり攻撃とは、下賎の輩はやる事も下品だな――絶対防御』
「――雷撃!」
エマさんが解き放った稲妻は、骸骨――不死の王――の防御魔法に阻まれ、あっさりと四散する。
相当の大物でも一撃で屠れる魔法、それを完全に封じる事ができる!?
それを見た瞬間、私は全力で叫ぶしかなかった。
「撤退ッ!」




