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10.強敵も 二の太刀要らずは 乙女の誉れ

 また少し長めです。次回も、せめて1週間から10日以内には上げたいですね。

 定宿である、歌う鷲獅子(グリフォン)亭に帰って来た私たちは、この国の王様が変装した姿のルディさんに対して最近の冒険談を語っていた。


「さあって、それじゃ、次の依頼の話に行きましょっか」


 さっきのツッコミ(エリック)君の声で、私たちが冒険談をしているのに気付いたのか、互いに耳打ちしたかと思うとゴソゴソとジョッキと料理の皿を持って、私たちにほど近いテーブルに席を移すパーティの姿も見え始めた。


 ちなみに今の時間は、そろそろ日が傾き掛けた頃合いだ。夕食を摂るには少し早い時間で、この時間に酒場にいるのは、旅から丁度帰ってきて骨休めしているパーティか、もしくは一日中ダラダラと過ごしていたパーティかのどちらかだろう。


「次の仕事は、荷馬車の商人さんの護衛だったんですよ。初めての遠出ですね」


 行き先は王都から4泊5日ほどの距離にある隣の街、イレルダ。一部山道は通るものの、整備された街道を中心に移動できるため、野宿も不要で比較的安全な旅路となる筈だった。


 もっとも、行きも帰りもしっかりと問題が発生したんだけど、ね。


「と言うわけで、次の語り手はシャイラさん、かな?」


「ほう。何があったのかな?」


 私の誘導に、ルディさんはシャイラさんの方に顔を向けた。


「私、か?」


 唐突な指名に、シャイラさんは目を丸くしている。


 ちなみに、シャイラさんはバーラト(紅茶の国)出身の剣士さんだ。長身で長い黒髪に黒い瞳、小さい頭にすっと通った鼻筋。少し気がきつそうに見えるけど、本当に美人さんって感じだ。


 シャイラさんの装備は腰に朱鞘の刀を()き、煮固めた革でできたハードレザーと、右腕に紅色の鱗のアームシールドを身につけている。同じ革鎧でもソフトレザーのクリスほどではなくて、身動き重視のやや軽装備って所かな。


「私は、別に大した事はしていないかな。――途中で現れた不届き者を斬って捨てた、ただそれだけだ」


「い、いや、シャイラさん、それじゃ何が何だか分からないよ……」


 余りベラベラと自慢話をするタイプじゃないからね。仕方ないから、私は彼女に代わって当時の出来事を語り始めたのだった。



              ◇   ◇   ◇



「なんやろか、なんか人だかりができてるで?」


 目的地のイレルダまであと2日の所、依頼主の荷馬車に乗って、急斜面に(ひら)かれた細い山道を進んでいた途中で、クリスがいち早く()()に気が付いた。少し先に渓流を渡るための橋があると言う事だったんだけど、その手前の僅かな空き地で、3~4組の旅の商人やその護衛達がたむろっていたのだ。


 聞くと、その橋でトロルが陣取っていて、法外な通行料を要求しており、払うわけにも行かず、さりとて倒す事もできずで足止めを食っているとの事だった。


「いわゆるブリッジトロルと言う奴ね。討伐適正ランクはDランク上位……か」


 私は足止めを食っている商人達とその護衛を見渡した。比較的安全とされる道なだけに、二十歳(はたち)前くらいの若手が多く、冒険者タグを見てもEランクやFランクばかりのようだった。ま、前回の冒険で一つ上がったとは言え、現在Fランクの私たちが言うのも何だけど。


「これで4パーティ目だ。Dランク相手と言えども、全員で一斉に掛かれば行けるんじゃないか?」


 一人の戦士がそんな事を言い出していたけれど、別のパーティのおっさん戦士に反対されている。


「そりゃ無理だ。何しろ狭い山道だからな。前線に立てるのはいいとこ二人だろう。それに相手が悪いぞ。回復自慢のトロルだからな。一気に削り倒す攻撃力がなければどうにもならん」


「じゃ、ずっとここで足留めか!?」


「イレルダ側でも同じ状況の筈だ。知らせを受けて騎士団か冒険者による討伐隊が進発したとして……明日には到着する頃合いじゃないか」


「おいおい、うちの依頼主の荷物は生ものなんだ。これ以上遅れると使い物にならなくなってしまう」


「じゃ、お前さんたちは通行料を払って通るんだな!」


 侃々諤々(かんかんがくがく)と話し合っている他のパーティ達を尻目に、私はシャイラさんに声を掛けた。


「さて、やっちゃう?」


「ふむ。まあ、やってみようか」


「斬ったら離れてね。すぐ()かないと回復されるから」


「わかった」


 手短に話を済ませた私とシャイラさんは、クリスとマリアに依頼人さんについていて欲しいと声を掛けてから、二人きりで山道を進み始めた。その行動に気づいた他のパーティの人たちが、慌てて後ろから声を掛けてきている。


「お、おいおい! あんたら、二人で行く気か!?」


「相手はDランクのトロルだぞ!? Fランク二人で手に負える相手じゃねえぞ!?」


「お気遣い、感謝する」


「お構いなく!」


 私たちは軽く手を振りながら言い残し、構わずに前進を続けたのだった。



              ◇   ◇   ◇



 山道を少し進むと、右への急カーブにたどり着いた。ここを曲がりさえすれば、もう目的地の橋が目に入るとの事らしい。一度立ち止まり、慎重に覗き込もうとしたところで、後ろから低く抑えられた声が掛けられた。


「おい、嬢ちゃん達」


 振り向くと、たむろっていた冒険者達の中にいた、おっさん戦士ともう一人、彼の連れらしい若い盗賊風の男が、私たちを追いかけてきていたようだった。


「勝算はありますから、放っといてくれません?」


 正直、いちいち構ってられない。私は後ろ手に手の平をひらひらさせながら、無視して偵察を再開しようとした。


「ああ、もう止める事はせん。あんたらの自己判断だからな」


 思ってもみなかった言葉に、私はおっさんの方に振り向く。


「だが、目の前で死なれるのも気分が悪い。――いいか、あいつは橋から大きく離れる事はないようだ。一応、あんたらが倒れたらオレ達が救助に向かうつもりだが、なるべくこちらに近い所で倒れてくれると助かる」


 どうやら、無謀な挑戦をする初心者冒険者を、心配して来てくれていたようだった。しかも、失敗した場合、自分たちが危険を冒してまで救出を試みてくれるようだ。


「ありがとう。努力はしますね」


 善意での提案なら、塩対応するのも気が引ける。私はとりあえず、にっこり微笑んで軽く礼を言っておく事にした。


 そして角を曲がると……聞いていた通り、確かに50m程先に目的地の橋が掛かっている事に気づいた。そして、その手前に、巨大な人影が座っている事にも。


 その人影は、私たちの姿を発見したのか、思いの外俊敏に立ち上がった。確か、このモンスターの標準的な身長は3m近くあったと思うが、姿勢が悪いため2m余りにしか見えない。ま、それでも十分大きいけど。


 モスグリーンの肌にグレーのざんばら髪で、長い腕の先には猛獣のような鋭い爪を持つそいつは、まごうことなきトロルだった。


「Ποιος είσαι?」


「そこの狼藉者よ! おとなしく道を空ければよし。さもなくば斬って捨てる!」


 私の前に立ったシャイラさんは、トロルの言葉に対して鋭い口調で言い放った。うーん、確かトロルは巨人語を喋っていたと思うけど、あいにく私は習得していないから、何を喋っているかさっぱり分からない。


「Αν με επιτεθείς、θα σε σκοτώσω」


 トロルの方も、こちらの言葉は理解していないと思うけど、シャイラさんの語気から敵対しようとしているのは理解したようだ。私たちに向かってなにやら口にすると、わずかに腰をかがめて臨戦態勢に移ったようだった。


「我が名はシャイラ・シャンカー。推して参る!」


 それに応じてシャイラさんは、しゃらりと涼やかな音を立てて腰の刀を抜き放つ。陽光に照らされた刀身は、濡れたような光を放っていた。そして彼女は、両手で構えた刀を斜めに構えながら、最初はゆっくりと、次第に加速をつけながらトロルに向かって突進していった。


「"マナよ、全てを灼く酸の雲となりて我が前に現れよ"――」


 私はその背中を視界に捕らえながら、小声で魔法の詠唱を開始しておく。


「はあああああああっ!」


 トロルまであと10mほどまで近づいたとき。シャイラさんは気合いの声と共に、体が反り返らんばかりに刀を振り上げたかと思うと、最後の踏み切りを自らのマナの力で一気に加速して、跳躍していった。


 トロルは両手の長い爪でシャイラさんを切り裂こうと振り回すが――次の瞬間、跳躍を終えたシャイラさんは、トロルの目前で着地し、膝をついた姿勢で静止していた。彼女の刀もまた、地面まで切り裂かんばかりに完全に振り切られている。


 トロルの方を見ると、シャイラさんを目の前にして、両手を上に振り上げた姿勢で固まってしまっていた。


 そしてシャイラさんは、トロルには目もくれずにゆっくりと立ち上がると、私たちの方に振り向いた。


「お、おい、トロルは後ろだぞ!?」


 角から顔を出しながら声を掛けてきているおっさん戦士には気にも留めず、一度、刀を払った後に、ゆっくりと鞘に納めていく。


 最後に、カチンと刀が完全に鞘に収まると、それを合図のように、トロルの上半身はずるりと斜めに滑り始め、そのまま地面に落ちていった。下半身の方は、遅ればせながら血を吹き出しつつ、そのままゆっくりと倒れ伏していく。


「ば、馬鹿な……一撃で!?」


 呆然と呟いたおっさんは、はっと気がついたかのように慌てて私に向かって声を張り上げた。


「いかん! 早く焼かんと、こいつは回復してしまうぞ!」


 そう、トロルは馬鹿みたいな回復能力を持っていて、火で焼くか、酸で灼かない限り、どんなに手ひどいダメージを受けても修復してしまうのだ。なので、私は準備しておいた魔法を成立させる。


「分かってますよぉ。 ――酸の雲(アシッドクラウド)!」


 次の瞬間、トロルを中心に乳白色の強酸性の雲がわき起こった。そしてそれは、しばらく揺蕩(たゆた)った後、自然の風で吹き散らかされていく。遺されたトロルを見ると、酸によって焼けただれており、もはや完全に息絶えたようだった。


「はい、これで大丈夫。ミッションコンプリート!」


 私は軽い口調で告げると、歩み寄ってきたシャイラさんとハイタッチを交わし、晴れた初夏の空にパシンといい音を響き渡らせたのだった。



              ◇   ◇   ◇



「ま、そんな感じで、トロルを倒したわけです。その後、冒険者やら商人さんやらに名前やら所属やらを聞かれて大変でしたけど。ともあれ、イレルダじゃ、予定外のトロル討伐報酬も貰っちゃったし、ハッピーハッピーですね!」


 と、そこまで喋ったところで、私はツッコミくんの方に視線をやった。


「今回はツッコミなしですか?」


「な……っ! い、いや、目撃者もいて討伐報酬も貰ったと言うことなら、疑う余地はないだろ!?」


 ツッコミくんは私の逆ツッコミに一瞬驚いた顔を見せたが、口を尖らせて文句を言うと、そのままぷいとテーブルの方に向き直ってしまった。


 うーん、それはそれで、いじりがいがなくて、つまんないな。


 仕方ないからルディさんの方を見ると、丁度、シャイラさんに話しかけているところだった。


「トロルを一刀両断とは、驚いたな。見事な物だ」


「お褒めにあずかり、恐縮です。ただ、これは、私の力だけではなく、師匠より頂いたこの刀があってこそ」


 軽く頭を下げてから、腰の鞘をぽんと叩くシャイラさん。


「ふむ。――見せて貰って良いか?」


「どうぞ」


 シャイラさんから鞘ごと刀を受け取ったルディさんは、


「ほう、極東の島国、ヒノモトの刀か」


 ぽつりと呟きながら、鯉口を切った後に、僅かに刀を抜き、鋭いまなざしでその刃文を確認する。


「ふむ……これは……いや、まさか」


 かちゃりと刀を鞘に戻した後、鋭いまなざしは崩さずに、シャイラさんに低い声で問う。


「この刀の銘は知っているかね?」


「確か、村正(ムラマサ)、とか」


「やはり、な。ヒノモトでは天下の名刀と名高いと聞く。シャイラ君であれば、よもや(おろそ)かに扱う事はないと思うが、大事にするといい」


 ルディさんは、シャイラさんに刀を返しながら、ようやく頬を緩めている。


「流派もヒノモトの物を?」


「私は元々別流派でしたが、師匠よりヒノモトのジゲン流を教わりました」


「なるほど、ヒノモトの剣術にヒノモトの名刀か。さすがに今日ここで、と言う訳にはいかんが、ぜひ一度、手合わせしてみたいものだな」


「私と……ですか? 私でお相手が勤まるか分かりかねますが……ぜひ、いずれ」


「ああ、楽しみにしておこう」


 唐突な申し出に、シャイラさんは一瞬目を見開いたが、彼女も微笑みを浮かべて快諾したのだった。その様子を見て、ふと周りの冒険者達の反応を見てみると、やはりシャイラさんに視線が集中している。


「おいおい、あの女の子、ルディさんに認められたぞ?」


「手合わせしてみたいとまで言わせるとは、驚いたな」


「お前がルディさんと手合わせするチャンスがあったらどうする?」


「無理無理、一刀で斬り伏せられるよ」


 王様(ルディさん)も、冒険者時代は剣豪で知られていた人物だし、よほど剣術が好きなんだろうね。シャイラさんも、久しぶりに格上と手合わせできる機会ができたようで、また成長できるかも。


 ――でも、どこでやるんだろう? 王城で、王様状態のルディさんと一介の冒険者が手合わせ、なんてのはあり得ないよねぇ?

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