9.鋼鉄の 戦乙女は 熊殺し
大変遅くなりました。これからはもう少しペースを維持できるといいのですが。
「どぉしてあなた達は、こう面倒な戦い方するんですかぁっ!」
最初の冒険を終えてから二週間が経った頃。冒険者の宿、歌う鷲獅子亭では、受付嬢兼看板娘のニーナさんが報告書の前で頭を抱えながら吠えていた。
「あははははは……」
「しゃあないやん、出てまうんやから。別に、無駄に倒しとるんとちゃうで?」
「強敵は、皆で仲良く協力して倒して下さい! それがパーティなんですから!」
笑うしかない私と、肩をすくめながら言い返すクリス。ニーナさんは少し涙目になりながら私たちをにらみ付けている。そこに、背後から割り込んできた声があった。
「おや、何かあったのかな?」
「あ、ルディさんだ」
振り向いた私の前に立っていたのは、この国の王様……が、市民風に変装した姿のルディさんだった。ちなみにこないだ、ルディさんはどのような立ち位置の人なのか、他の人達に聞いてみたんだけど、引退した元冒険者で、たまに若手の冒険談を聞きに遊びに来るご隠居さん、と言う事になっているらしかった。
「ルディさぁん、聞いて下さいよぉ!」
その正体を知ってか知らずか、ニーナさんは全く普通の態度をルディさんに取っている。まあ、この感じだと知らないんだろうけど。
「この娘達、毎回毎回想定外の強敵に遭遇しちゃって、しかもそれをそれぞれ一人で倒しちゃうんですぅ! もう、ランク評価がし難事し難い事!」
「ほう、想定外の強敵。良かったら、その時の話を聞かせて貰えるかな」
冒険談代の先払いか、私たちに一杯ずつ出すように小銭を渡してニーナさんにお願いしながら、ルディさんは私の隣りのスツールに腰を下ろしてきた。
「ん、仕方ないですね。そうですねぇ、こないだの冒険では――」
お代を貰ったからには仕方ない、私はルディさんに対して、最近の冒険談を話し始めたのだった。
◇ ◇ ◇
不死の王を倒した初冒険の次なる冒険として、私たちは王都のパティシエさんの依頼を受け、近郊の山に出かけていた。
かつては貴族の城があったその場所には、唯一、5階建て程度の石造りの塔のみが残されていた。私たちの仕事は、その塔の中に巣くっている巨大ミツバチ、その巣から蜂蜜を回収しようとするパティシエさんを護衛する事だった。
ちなみに、巨大ミツバチは、普通のミツバチが人間より少し小さめくらいの大きさになったモンスターだ。ゴブリンよりは強くて、オークと同じくらいかな。現在、冒険者ランクが最低のGである私たちが、一つ上のFを目指すならば、クリアしなければならない目標って感じだと思う。
さて、パティシエさんが蜂蜜を回収するまでは、全く問題は発生していなかった。大きな塔ではあったが、壁には巨大ミツバチが通る事ができないような小さな窓しか開いておらず、到着早々に一階の出入り口の扉を閉めてしまった現在、彼らは完全に中に閉じ込められてしまっていたからだ。
他に出入り口はないと言うパティシエさんの言葉の通り、塔の中にある狭い螺旋階段を通って(これも、狭すぎて巨大ミツバチは入ってこられないらしい)、一番上の蜜貯蔵庫に向かっていたパティシエさんが戻ってくるまで、私たちは巨大ミツバチと戦う機会は得られていなかった。
「結局、巨大ミツバチは一匹も来ませんでしたね。これで撤収ですか?」
「ええ、そうなんですが……実は、これからが本番なんです」
首をひねる私たちに、パティシエさんは閉じられた扉――巨大ミツバチが破ろうとしているのか、たまにゴンゴン音がしている――に目をやりながら答えた。
「撤収するときには、この扉を開ける必要があります。閉じたままだと、彼らは出入りができなくて死んでしまいますから」
つまり、パティシエさんは先行して撤退してしまうので、私たちは彼が十分離れてから扉を開いて、襲いかかってくる巨大ミツバチをかいくぐりながら撤退しなければならない、と言う事だった。
相談の結果、私とシャイラさんとクリスが残って巨大ミツバチと戦い、両刃斧で巨大ミツバチと戦うには向いていないマリアがパティシエさんに同行する事になった。
「まあ、私たちは問題なかったんです。確かに巨大ミツバチは何匹か飛び出てきたんですけど、私とシャイラさん、クリスで完封できました」
「ふむ、お前さん達は、問題が無かった。と、言う事は――」
ルディさんが視線を向けた先に座っていたマリアは、にっこりと笑顔を浮かべたのだった。
◇ ◇ ◇
「そこからはわたしが話しますね!」
マリアはそう言うと、ルディさんにおごって貰ったエールをぐびっと一杯やって、ジョッキをカウンターにガンと勢いよく置いた。
「アニーさん達と別れた後、私は蜂蜜が入った大壺を抱えてパティシエさんと一緒に歩いていたんです」
そう言いながら、目の前で何かを抱え込むようなポーズを取る。
「そしたらいきなり、目の前に"おっきなくまさん"が現れちゃったんですよ! 蜂蜜の香りに誘われたのか、それとも、ミツバチさんの巣の常連さんだったのかも知れません!」
「おっきなくま……?」
首を捻るルディさんに、私が横から補足する。
「ブラウンベアです」
「ブラウンベアだって!? モンスターレートはまあ、それほど高くないが、それでも出会い頭に一対一じゃ厳しいだろう」
目を丸くするルディさんに、マリアは更に言葉を続けている。
「しかもわたし、大壺抱えちゃってましたから、斧を抜けなかったんですよね!」
マリアの巨大な両刃斧は、普段は背中のフックに掛けている。当然、咄嗟には抜けないんだけど、腰じゃ地面を擦っちゃうし、他に場所がないのよね。
「おいおい、しかも素手でか。それで一体、どうしたんだ?」
「そのままだと、大壺割れちゃいますから、まずは背中を向けて、大壺を置きました。その間に、爪と噛み付き、都合三回くらい喰らっちゃいましたけど。まあ、背中の斧のおかげで、全然大丈夫でした!」
ちなみに、マリアのその理屈は、どう考えてもおかしい。背中から首筋までしっかり覆っているプレートメイルと、背中に背負った両刃斧のお陰で、確かに爪や牙が貫通する事はないんだろうけど、打撃力はそのまま受けるんだから。普通は骨がバキバキにされてて当たり前、のはず。
「そのまま、背中にむしゃぶりつかれちゃいましたから、こう、くまさんの右手を掴んでから、体をぐっと下げて、くまさんの足を浮かせて、投げ飛ばしちゃいました」
「投げ飛ばし……ブラウンベアを!? 小熊じゃ無かったんだよな!?」
目を丸くするルディさんに対して、沈痛な顔で頷く私。
「――立派な、成獣でした」
後で測ったところ、体長は3mほど、体重は300kgくらいあった。マリアの身振りから推測すると、それを背負い投げで投げ飛ばした、と言う事らしい。
「そ、その後、どうなったんだ?」
「んで組み付いたんですけど、やっぱりくまさん、暴れまくっちゃったんですよ。このままだと大壺を割っちゃいそうでしたから、不本意ではありますが、こう、首をごきっとやって、神様の御許にお送りしちゃいました!」
両手でゴキっとやる不穏なジェスチャーを見せるマリアに、一旦、何か言いたげに口が半分開いたものの、苦笑しながら無言で二、三回首を振るばかりのルディさんだった。
繰り返すのもなんだけど、普通、熊って首回りの筋肉が異常に発達している。人間の首ですら、普通は素手で折るなんて事はできないのに、マリアは熊相手でそれをやってのけた、と言うわけなのよね。
◇ ◇ ◇
そこに、私たちの後ろの方から、大きな声でツッコミが入ってきた。
「いやいやいやいやいや! おかしいだろ!?」
頭を回してそちらを見ると、こちらに背中を向けてテーブル席に座っていた一人の戦士の男の子が、勢いよく立ち上がっていた。
「聞くともなしに聞いていたらデタラメばっかり。女の子がブラウンベアを投げ飛ばして、しかも素手で倒しただって!? そんな嘘っぱち――」
ただ、こちらを振り向いた瞬間、彼はびしっと固まり、絶句してしまう。彼の視線の先は、スツールに座っているマリアの姿があった。
マリアの声は少し高めで可愛らしく、その声と、赤毛のショートボブに幼さを感じる小さな顔つき、そして未だ発展途上の小柄な体型を見ると、とてもじゃないけど、そんな怪力の持ち主とは思えないんだよね。
でも今は、冒険から帰って来たところで、装備一式を身につけたままだった。兜と小手こそ外しているけど、それ以外は足の先までしっかりと板金で覆われた、一式で30kgはありそうなプレートメイル、そして背中には巨大な両刃斧が下げられてる。まあ、どっちも、生半可な膂力じゃ、まともに扱えない代物かな。
「わたし、至高神の神官ですから、嘘はつきませんよ?」
振り向いて、可愛らしく小首を傾げる(がしょんと言う重厚な効果音つきだけど)マリアに、彼はしばし絶句していた。
「ぐっ……あ、あんたらだったのか」
彼の顔に見覚えのあった私は、ぽつりと呟く。
「あ、ツッコミくんだ」
そう、前回の私の冒険譚にツッコミを入れていた、若手の戦士の男の子だった。
「誰がツッコミくんだっ! オレにはエリックと言う立派な名前があるっ!」
そしてそのエリックは、照れ隠しか、大きく身振りを入れながら私たちに向かって口を開いたのだった。
「あー、ごほん。冒険談だけどな……証拠がない時は、真偽の程はともかくとして、控えめにしておく癖をつけておいた方がいいぜ? ほら吹きと言う噂が立ってしまうと、損をするのは自分たちなんだからな」
彼の指摘に、私たちは顔を見合わせるばかり。確かに、逃がした魚は大きい、倒したモンスターは話の中で成長するって言うくらいに、証拠がない冒険談ほど盛りやすい物はないからね。
ただ――
「証拠、ありますよ?」
「――へ?」
私の返答に、不審そうな顔をするエリック。私は彼を尻目にカウンターの中のニーナさんに同意を求めた。
「ねえ、ニーナさん?」
「ええ、このカウンターでいきなり巨体を広げられたから驚きましたが……確かに、600ポンド以上の大物でした」
ニーナさんはそう言うと、ごそごそとテーブルの下から小さな革袋を取り出して、私の前にがしゃりと置く。
「そうそう、これが仲介を頼まれた肉屋ギルドと皮革ギルドからの代金です。毛皮に傷一つ無かったし、食肉としても絞め立てのように状態が良かったので、かなり色がついているそうです」
「ありがとう、ニーナさん」
革袋を受け取りながら、エリックの方を振り向く私。まあ、善意からのツッコミのようだし、こちらが非常識な事をやっちゃっただけなんだから、一応フォローは入れておく事にしよう。
「でも、エリックさんの言っている事は分かりますよ。高名な冒険者ならともかく、駆け出しの発言に信頼性がないのは当然です。ランク上げ、頑張るしかないですね」
「ふ、ふん。まあ、せいぜい名を上げていくんだな!」
エリックはそう言うと、再び自身が座っていた席についたのだった。ただ、テーブルを私たちの方を向いて、あからさまに冒険談を聴く体勢にはなっているんだけど、ね。無料聴きじゃなくて、チップくらい強請ってやろうかしら?
ともあれ、これからの冒険談でも、幾つか非常識なことをやらかしちゃってるから、またツッコミ入るんだろうなぁ……
7月ほぼ一杯を仕事の都合で棒に振ったのは兎も角として、今回は色々問題が発生して大変遅くなってしまいました。
まず最初に、ジャイアントビーの生態を決めるのに時間を要してしまいました。実は未だに、どんな花の蜜を吸うのか分かっていません。巨大な花がどこかにあるんでしょうか……? ジャイアントワスプなら肉食なので、牛でも豚でも掠えばいいんでしょうけど。
次に手間取ったのは、いかに短くするか、と言う部分です。最初は、普通に冒険に出た形式で書いていたのですが、それだとこのエピソードだけで2~3話は使わなければならない事が分かりました。そのため、1話の分量に納めるために伝聞形式に変更、一気に圧縮しました。
また、熊の死体を持ち帰るために「フライブルクの魔法少女」で出た、包んだ品物を2次元に変換してしまうと言う"奇術師のシーツ"を使っています。これの説明シーンも1000文字くらい掛かりそうだったため、割愛しています。
と言うわけで、書いたもののボツ、と言う部分が大量に出てしまった回でした。




