第13話 再来 D
日にちは日曜日。時間帯は午前中。多分、8時ぐらい。
昨日の騒ぎから、疲れてすぐ眠ってしまったらしい。
でも起きるのはこの時間帯。まぁ、休みの日だし、どうってことはないが。
ベットから身を起こし、カーテンを開ける。
眩しい日差しが差し込む。今日はいい天気だ。
窓を開けて外の空気を取り込む。
「………さっぶ」
いくら天気がよかろうと、朝の寒さは変わらない。
それもそうだろう、秋はもう深まって、もうすぐ冬が来る。
そろそろ朝ご飯を食べよう。
土日の朝ごはんといったら、俺の中ではもう決まっているもので、
やっぱりトーストである。
簡単にできて、それでいて腹もそこそこ膨れる。
ってかなんで今更こんなこと説明してんのかね?
焼けたパンを頬張りつつ、ケータイを開く。
メールは2件。
内容は、昨日のことについてだろう。
楽しかったよー、だとか また今度行くねー、とかそんな感じだろう。
やっぱり唯からはきていない。
本気でテレパシーなんか使えると思っているのか?
ガチャン、と玄関のドアが開く音がした。
入ってきたのは一昨日会ったあの男。
この間と格好が変わっていなかったので一発で分かった。
「おはよう? かな」
「だから………なんだよこれ」
馬鹿みたいな悪夢の始まりだった、かもしれない。
「この間の返事を聞きに来た」
それだけの用件だ、というような感じで、淡々と親父は告げた。
「あぁ? この間の返事?」
強がってはいるが、本当は覚えていた。
───── 一緒には暮らさないのか? ─────
俺はそのとき「暮らさない」とこたえた気がするんだが……
やはりどうしても俺を引き込みたいようだ。
無駄な過去は忘れろといったところか。
「暮らさないか? という問だ」
繰り返す。
まるで有無を言わせない威圧。
「お前は、」
親父は言った。
「何をそんなに嫌がっているんだ?」
その言葉に、何か熱いものがこみ上げた。
「何、が、?」
頭がジンジンする。
「本気でそんなこと言ってんのか! てめえは母さんに対して何にも思っていねぇのか!」
威勢は張ったが、次の瞬間背筋が凍る。
「関係、ないな。第一、お前が俺に何を言う?……ここは誰が用意した家だ?
誰のおかげで学校に通っている? 誰が、食費を稼いでいる!?」
それは、完全に仕事の時の親父だった。
眼が。もはや違う。
感情をねじ伏せて、もはや何も届かない。
まるで機械かのように、届かない。
「許して、ほしい」
そんな、言葉が聞こえた気がした。
「え?」
聞き返すが返事は無い。あの眼は変わっていない。
幻聴、か。
今は恐怖でその場から動けない。
親父がどんな仕事をしているのか、それを俺は知らない。
でも、こんな眼をする、いや─────こんな眼になる仕事とは何か。
ピリリリリリリリリリリッ!
ケータイの無機質な着信音が鳴る。
親父は、スーツの内ポケットからケータイを取り出すと、話始めた。
「どうした、…………そうか。今から行く」
ピッ、とケータイを切り、背を向ける。
何かを言おうと思ったか、一度足を止めるが、ドアを開けていってしまう。
話は────どうなったか。
そんなことは、しらない。
ただ、床に座り込むだけだった。
忘れていたんだ。こういう奴だったってことを。
記憶の中では曖昧で。
だから、忘れていたんだ。
白い玉はいつまでも宙に浮いていた。
でもそれはやがて落ちてくる。
手の内に落ちた時、それはとてもうれしくて、暖かくて、
それはまたある人の元へと帰っていく。
自分の力を加えて。
地面は緑一色。芝生の上だった。
空は青一色。快晴だった。
後ろで微笑む女性が1人。
自分の前には男性が1人。
白い玉は──────白球だった。
いつの間にか朝だった。時間が光のように早く過ぎ、なんだか気分が優れない。
とはいっても、今日からまた一週間がはじまる。
正確には昨日からだが、学校のある月曜日が週のはじめと思う人も
少なくはないだろう。
とりあえず学校に向かう。何があったかなんて思い返したくも無い。
マンションから離れるように学校へと向かう。
学校へと続く坂道を背に、里中 千恵は立っていた。
「何してんだお前?」
そう問いかけるも、返事は無い。
ただ、じーっとこっちを見ている。
「………?」
何かあったのか、または機嫌が悪いのか、それとも他の理由か、
とりあえず関わらない方がいいのかと、横を通り過ぎようとした時。
「なーんか、気分悪そう」
そう呟いていた。
「え?」
「気分悪い時は、織宮!」
がさっ! と桜並み木の間から出てくる。
(ちなみに秋だから草もそんなに生えてはいないので、がさっ! とはいわない)
「ど、どこがわるいのっ?」
語尾にハートマークでもつけそうな勢いで飛び出てくる。
と言うかまったく意味がわからない。
「え………と、まぁ、学校行こうか」
「はい」
「そうね……って! ええぇぇぇぇぇぇっ!私の今のはなんだったのっ!千恵っ!」
「まー可愛かったからいいんじゃないの?」
「ち、ちょっとー!」
里中は、これでいいと思っていた。
学校に来てまで話は掘り返すものじゃないと。
私たちはいつもどうり過ごすんだって。