第13話 再来 C
「ほらよ、糞親父」
コーヒーカップを乱暴に親父の目の前に置いた。
ガチャン、と音を立てるが、中身はこぼれたりはしない。
「どうして父に対して乱暴なのかねぇ」
「黙れ、とりあえずそれ飲んだらここの鍵置いて帰れ。
そして二度と俺の前に現れるな」
この親父は合鍵を持っている。だからここまで入れたわけだ。
「ふん…………」
コーヒーカップに口をつけて、辺りを見回す親父。
ふと、写真立てに目が行っているのが分かった。
「見んじゃねぇよ」
とっさに手にとって、隠す。
「過去のことなど………振り返っても無駄だというのに」
「てめぇだけが思ってろ」
本来、父と子というものはこんな会話をするものではない。
それほどまでに亀裂が入っているってことだ。
「過去を振り返ろうが、金は手に入らんぞ」
「また金の話かよ………」
金の話─────コイツは金の話しかしない。
いくら儲けれるか、そんなことばかり考えている。
母が死んだ時、何も言わずに帰った理由。それも金だろう。
金、かね、カネ………腐ってる。なんだってそんなもん……
かねより大事なものの方がたくさんあるはずなのに、こいつはそれを分かっていない。
いや、分かろうとしていない。
だから嫌いなんだ。腐った金で生きている自分自身も、………。
たまに思い出しては嫌になる。
この呪いからは……逃れることは出来ないだろう。
「………それより、一緒に暮らさないのか?」
「はっ、……誰があんな家族と……」
父は今、家庭を持っている。しかし俺は一緒に暮らす気にはならなかった。
母を忘れて暮らしている。そんな思いになってしまうから。
忘れることなんて出来ない。1人で俺を支えてくれたのだから。
親孝行だってしていないから。
「………まぁ、いい」
そういって親父は立ち上がった。
「おい、鍵置いてけって」
「100万でゆずってやる。じゃあな」
そういって玄関へと足を向けた。
やっぱりクズだ。………あんな奴の血が半分も流れているのかと思うと
急激に寒気を感じる。
ふと、思った。
俺と暮らしたいというのは何故だ?……あいつには何のメリットも無い。
それに、無理矢理にだって方法はあるはずなんだ。
たとえば……このマンションのこの部屋を売り払うとか。
そうすれば俺は一緒に暮らさずをえないのに。
どうせ………アイツにとって都合がいいからだろう。
常に計算して動く、どうすれば自分の利益につながるか。
ふざけてるっ………。
暖かい夢を見た。………気がする。
白い玉が幾つも宙を舞う。それは俺の手に落ちて、そしてまたもとの場所に飛んでいく。
いや、誰かの力が加わって飛んでいく。
また飛んでくる。また戻る。
それの繰り返し。ただそれだけなのに………何故か暖かかった。
地面は緑一色。空は青一色。
これは………なんだ?
夢、というものは、その人の記憶が元となってみるものなのだそうだ。
だからあれは俺の記憶に間違いない。ただ、何なのかが分からない。
思い出せない、ということは思い出す必要が無いものだ。
俺は少なくともそう思っている。
起きたのは8:00。いつもならば、遅刻だ! とかいって大慌てしそうな時間だが、
あいにく今日は、土曜日である。
特に約束も無いし、何処かへ行く当ても無い。
つまり─────暇だ。
ケータイのディスプレイ画面を確認するが、メールは一件も届いていなかった。
こんな静かな休日もいいのかもしれない─────そう思った。
そう思ったのに──────!
「やっほー!有志ー!きたよーーー!」
玄関のドアをバーン!と開けて唯が入ってきた。
「ちょっ!おまっ! 俺は今、静かな休日を過ごせるって思ったばっかだ!
というかなんでお前は入ってこれてんだよ!ここのセキュリティー
どうなってんだ!」
「そんなことは気にしなーいっ! 愛の力ってものはなんだって超えていけるのっ!」
そういいながらももう、リビングまで入ってきている。
私服だった。秋ももう深まって深まりすぎているせいか、薄めの茶色のコートを
羽織っていた。それでも下はスカートである。女の子ってのは理解が出来ない。
「っていうか何しに来た。というか来るならメールしろよ」
「え?テレパシーって無理だった?」
全然脈絡がない。こいつは何言ってんの?
「いやー、何しにきたか? っていわれたら、新婚ごっことか?」
何故に疑問系。そこに腹が立つ。
「いや……」
「有志君ー!遊びに来たよー!」
玄関を開けたのは猿山だった。
「だから! ここのセキュリティーマジでおかしいって!」
「あれ? 唯ちゃんもきてたのか~。やっぱプライベートでもなかいいのな!」
「いまから新婚ごっこするのー!」
「お前ら一回黙れ!」
馬鹿?がもう1人増え、さらに騒がしくなる。
隣人はさぞ迷惑だろう。後で謝りに行こう。
「10秒以内にここをあけろ、さもなくば撃つ」
「ちょっと、千恵……」
そういいながらも木刀を所持している織宮……ってか玄関空いてるから。
それと里中、ライフルはやめろ。
落ち着いて、一旦騒ぎは納まる。
唯、猿山、織宮、里中、が押しかけていた。
いつの間にかメールの着信件数は3件。
いつも通りの明るさが、そこにはあった。