第13話 再来 B
教室にはいつも通り、火乃村が教科書を開いて勉強に励んでいた。
めずらしく栗原も早めに登校していて、黒板消し片手に
黒板に書いてある日付を変えている。
「あやや? 杉水君は千恵ちゃんと登校かぁ~。もてる男はいいね!」
黄色のリボンを靡かせて、こちらを振り返って言った。
「たまたまそこで会っただけだって」
「ええっ! 一緒に行こうって言ったじゃん!」
「んなことは言って無い! 誤解を招くような言動はやめろ!」
「冗談だって、だって杉水君にはちゃんとした相手が出来るから」
「え?誰だよそれ?」
里中はため息をついて、栗原は苦笑して、
「先は長いね…………」
と呟いた。
「有志君! 置いて行くなんてひどいじゃないか!」
馬鹿が息を切らしながら教室に飛び込んでくる。
ああ、そういえば坂に倒れていたような気もするけど………
「ああ、猿山君! こんにゃくご苦労様ぁー!」
太陽のような笑顔で、栗原が猿山を迎える。
「うぐっ………それは言わないでくれ……」
だんだん猿山の顔が青ざめていく。それほどな何かがあったのだろうか……
そしてみんな思い思いに話を始めた。
内容は主に昨日の文化祭だ。
普通の日常が戻りつつあった。こんなところで壊されてはいけない。
あの………クソ親父に。
朝のMRになってかなり久々の登場の梅崎 百合先生。
「ああ、先生。お久しぶりですね」
生徒の1人がそんな声をかけた。
「お久しぶり…………ですよ本当に! なんで文化祭っていう楽しい
イベントに先生が含まれていないんですかっ!………栗原さんは勝手に物事決めちゃうし、
まぁ、確かにクラス委員としてこれほどの人材はいないわけであって、先生が
助かってるっていうこともあったんだけどね、それにしても先生抜きで
青春しようってか! うきーーー! どうせもう三十路ですよ。
結婚してませんよ! 彼氏なんかいませんよ! なんか文句あるわけ!? むきーーーー!」
三十路爆弾が爆発してしまった。これでもう朝のMRは消えたな。
多分このクラスの全員が思っているだろう。
さて、ここで栗原の出番では?
「あっ……あ────先生? MRに大切な話があるって、昨日言ってましたよねー」
栗原がこの時間を止めるべく、先生を促した。
「ああっ! いけない………また暴走してしまったわ、いや、覚醒ね」
物凄くどうでもいい。とりあえず結婚して無いことには変わりありません。
「先生! 大丈夫ですよ! この俺、猿山 輝も振られてばっかでありますから!」
また面倒くさいことになりそうだぞ。話を掘り返すな。
「う………わー! 猿山君はまだまだ時間があるでしょ!? 私はもう……もう……。
ちなみに、来年結婚したとして、再来年に子供生んだとしても、
私の子供が君たちの年の時はもう私50だよ!もーーーーう!」
物凄くリアルな話をされてもかなり困る。
あの猿山でさえちょっと引き気味である。
「せ、先生。とりあえず落ち着いてください………僕はもう分かりましたから……」
猿山が責任を感じている。まぁ、この事態はもう収拾つかないがな。
「ぶっちゃけると同窓会行くのもう疲れてんの! 周りは家庭がどうとか夫がどうとかって
いう話ばっかりしてんの! 私が話しに入れないじゃない! そしてもっと
ブルーになるじゃない! 周りのみんなは、『梅ちゃんはもう結婚した?……まだなの~』
ってマジふざけんじゃないわよ! こっちは真面目に公務員やってんだっての!
出会いなんかこんな堅苦しい場であるわけ無いでしょうが!」
大暴露大会(先生のみ)が始まった。
この人出るたびにこれだもんな………なんか哀れ。
「先生っ!」
栗原が声を上げた。
ついに栗原がこの事態に終止符を打ってくれるのか。
「先生は今までがんばってきたじゃないですか。結婚だって先生なら
余裕でいい人見つけられますよ。待ってるだけじゃ駄目なんです、自分から
もっと積極的に探していかないと!」
「く、栗原さん………」
先生が涙目になって栗原を見つめている。
もうなんなんだ……
「でも、でも………もし駄目だったらどうするの?」
先生のか細い声の問いかけに、栗原は満面の笑みでこう言った。
「……来世がんばりましょう♪」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
ついに泣き出してしまった。結局はこうなるのか。
「栗原………容赦ないな」
「え~? でもみんな最終的に面倒くさくなってたでしょ?」
否定できないみんながこのクラスに居座っていた。
朝のあの質問。杉水君の答えは曖昧だった。
ちゃんと聞かなかった自分も悪かったのかもしれないけど。
でも、多分知り合い。そして考えられる繋がりは、父またはおじ。
父の可能性のほうがはるかに高いと思う。
なぜならば杉水君の家に言った時、母の写真はあったが、父の写真がなかったこと。
母が死んでいて、父とは別に過ごしていること。
父だろう。それも杉水君にとってはあまりよくない仲の。
「なんで………こんなことになってるんだろうかねぇ?」
自分ひとりで考えていることが馬鹿らしくなる。
でも、家族のことだ。そんなに表沙汰にすることではない。
それに私が知ったのも偶然。偉そうに口出しできるわけでもない。
「私一人で困ってるよね………杉水君はどーなんだろう」
放課後。今日は1人で帰る気分だった。
なぜなら朝から調子が優れない。いや、別に梅崎先生のせいでは無い。
里中の言った言葉、『外国車を乗り回す知り合い』。
会ったのか。あいつに。
もう頭の中で、あいつと関連づいてしまっている。
「くそ………」
道端に転がっている小石を蹴り飛ばす。
こんなことをしても何も優れることは無いというのに。
いつの間にかマンションの前までついていた。
考え事をしていると時間は早く過ぎるものだ。
エントランスを通り、エレベーターに乗る。
3階のボタンを押しすと、しばらくしてエレベーターが動き出す。
静寂、という表現がぴったりと合うこの空間。
静かなんだ。……機械音だけが聞こえる。
キンコーン、と効果音が鳴り、エレベーターが3階に着く。
「えーっと、鍵は……と」
ポケットを探りながら歩いていると、自分の部屋の前に人が立っているのが見えた。
黒のスーツで全身を固めた男性。
アイツだった。
「て、めぇ………こんなところで何してんだ!」
「ふぅ、有志。久しぶりだな」
最悪のサイカイだった。